君といた頃

□ノーサイド・恋愛編
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「待ってくれよ。足速いな、君」
 背後から声がするけど、とにかく進んだ。

「折原」
「宮城、早かったな」
 六時までまだ二十分はある待ち合わせ場所に、折原はもう立っていた。
「折原も」
 早かったんだな、と言おうとした俺の肩に、後ろから手が置かれた。
「なんだ、待ち合わせだったんだ」
「なんですか、いきなり」
 驚いて振り払うと、振り返って睨み付ける。
 男はにっこり笑って、先刻の本二冊を差し出した。
「持って行きなよ」
「あなたが借りたんでしょう」
「いいから」
「いりません」
 なおも押しつけてくる男から、後ずさる。
 と。
「行くぞ」
 折原が俺の手を引いて、走り出した。


 折原に導かれるまま、交差点を三回曲がった。
 さすがに、それ以上は追ってこない。
 繋いでいた手が離れ、同じように息を弾ませた折原と、顔を見合わせて笑った。

 折原が、笑ってる。
 治まりはじめた呼吸に反比例して、鼓動が早まる。
 最近ずっと一緒にいるのに、今更だろう。
 違う場所だからって、こんなにドキドキするのは、何故なんだろう。

「宮城、本借りなくて良かったのか?」
 折原が、俺の手元を見て言った。
「ああ。見るだけで」
 借りたら返さなきゃならない。二度目の来訪が予定できないから、借りようとは最初から思わなかった。
「そうか」
 折原の下げていた袋に手を伸ばす。荷物は分け合わなきゃ、一緒に来た意味がない。
「半分持つ」
 俺の手を不思議そうに見ているから、言ったら。
「そうか」
 大きい袋を一つだけ渡された。
「飯、どうする?」
「今夜、グラタンだっけ?」
 出掛ける前に、折原が冷蔵庫に用意していたのを思い出す。
「好きか?」
「ああ。折原って、本当になんでも出来るよな」
 石井さんには申し訳ないけど、グラタンは折原の方が美味しい。
 そう続けたら、折原は目を細めた。
 なんだろう。
「帰るか」
「ああ、今からなら丁度いい電車あるな」
 頷いて、二人で駅に歩きだした。


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