君といた頃

□ノーサイド・約束編
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 俺は初めて、折原の料理を残した。


 思えば。折原は食事当番一任したときに「苦手なものがあったら言っておけ」と言っていた。
 折原が、っていうだけで嬉しくて。もう何年も食卓に載せていない食品について、失念していた。

「悪かった」
 帰宅して、ただいまとおかえりのキスのあと、折原が頭を下げた。
「何が?折原、俺、今日弁当残しちゃったから。ごめんなさい、苦手なの言ってなくて」
 俺が弁当箱を取り出して謝ると、それを取り上げた折原が、頭を掻いた。
「今朝、三春に弁当確認頼むの、忘れた」
「え?」
 そういえば、毎朝。お弁当詰めてる横に覗きに行くと、邪魔にしないで感想聞かれてたけれど。
「久市や智尋の好き嫌いは、その都度言ってただろう?今朝も聞いとけば、それ止めといたんだが」
「いや、あの、なんであんなメール」
 いきなり、あの場で知ったみたいなタイミングのメール。
「固まって喋ってたから、邪魔したら悪いかと」
「それでメールに?じゃ、なくて」
「久市から来てたメール、あの時見た」
 シンクに弁当箱を浸すと、折原は歩きだす。
「同じおかずなら、三春は豆腐は食べない筈だって、知らせてくれた」
 一緒に部屋に入り、制服から私服に着替える。
「そうか」
 久市が教えたのか。納得して。折原に背を向けて着替える。
 最初こそ意識していたが、折原が当たり前みたいにしてるので。
 同じ部屋で着替えても、平気みたいになった。

 俺はそれでいい。
 折原の気遣いや気配りや、料理の腕。
 優しいキス。
 毎日、大好きな人と一緒にいられて、名前を呼び合える生活。
 俺の。
 宮城三春の、幸せ。

 けれど、折原は。
 折原の、したかったことは?

 着替え終わって振り替えると、ベッドに腰掛けた折原が、俺を見ていた。
 ほほ笑みを浮かべて。
 ……今、俺の顔は赤いに違いない。
「三春、トマトは平気か?」
「平気だ」
「人参は?」
「おいしいじゃないか」
「じゃあ、ラディッシュ」
「平気……ってなに?」
 その質問の品揃えは?
「赤い」
 ああ、赤い食べ物か。でも、どうしていきなり?
 立ち上がって、夕食準備に向かう折原を見送りながら。ときどき不思議なことを言うなあ、としみじみ思う。

 そう。折原は不思議な人だから。
 訊いていいのかも、まだわからない。
 ――どうしてしないのか?

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