君といた頃

□ノーサイド・恋愛編
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「折原、まだかかるか?」
 俺が見てもよくわからない品物を、手にとっては戻すを繰り返す姿に、俺はつい問い掛けた。
「ああ……宮城、疲れたか?」
「いや」
 五月の日差しが暖かな日曜日。買い物に行くから一緒に、と誘われて。
 調理器具に調味料に、服や本を見て。
「どこか、見たいところあったか?」
 折原と一緒に出掛ける、というだけで嬉しかったけれど、興味を持てないものを前にして、結局気を遣われてしまう。
「この近くに、景山先生の自慢していた大学の図書館があるから」
「景山?ああ、学年主任」
「その母校。一度見たいと思ってたんだ」
「行くか?」
 折原が品物を戻すのを、あわてて制した。
「折原は買い物していてくれ。少しだけ覗いてくる」
 折原の用まで、中断させるわけには行かない。
「そうか?じゃあ、外で待ち合わせするか」
「いいよ。すぐに戻るから」
「図書館だろう?最低一時間だな…今四時前だから六時に、大学の前の公園の時計の下でいいか?」
 よく待ち合わせ場所に使われていると聞く場所だ。俺は頷く。
「じゃあ、六時に」
 折原が右手の小指を突き出して、俺も小指を出して絡めた。


 折原が俺を「三春」と呼んでくれるようになったのは、同居した最初の夜。
 「宮城」のままだと、同じ姓で暮らしている久市や智尋という弟たちと、紛らわしいからだ。
 だから、学校では「宮城」で、家にいるときは「三春」と呼んでくれる。
 今も、出先だから宮城だ。
 折原が一緒に暮らしていて、俺を呼んでくれて、好きだとさえ言ってくれている。

 想像もしなかった幸運な日々に、一人になると震えた。


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