短編

□四百四病の外
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※夢主が夏男の正体に気付いていない設定。




ふーっと息を吐くとその息は、空気の中で白く凍って、風に流されて消えて行った。なんとはなしにそれを目で追った先にはきらきらと輝く赤や黄色のイルミネーション。

季節は12月。クリスマスの訪れに備えて街が着飾る時期だ。


まあ独り身には身も心も寒いだけなんですけどね!!



がちがちと歯がぶつかる音を聞きながら、私はスーパーの袋を抱えて夕暮れの街を歩く。火事の事件からずっと節約生活を続けているので、カイロや手袋なんかのあったかグッズなんて買っていない。寒いを超えて痛くなってきたむき出しの耳を冷たい風が撫でて行った。



寒さで顔を強張らせ、せめて動いて体温を上げようと大股で歩く私の姿はどこからどうみても不機嫌だっただろう。別に機嫌が悪い訳ではないけれど、ちらりとショーウィンドウに映った自分の顔は真っ青で、とても声を掛けたいと思えるようなものではなかった。


「白木先輩!」


が、そんな私に声を掛けてくる人物がいた。

文化祭の時の、確か、夏男君。話した時間がそんなに長い訳では無かったので、顔も声もあまりよく覚えていなかったけれど、私に向かって積極的に声を掛けてくる人物なんて限られているからすぐ思い出すことができた。



「うわあ、偶然ですね、買い物帰りですか!?」

「うん」



にこにこと顔を緩ませて近付いてきた夏男君は、あ、送ります、と言いながら私の持っているスーパーの袋をさっと手に取った。紳士だなあ。

「ってうわ!先輩素手じゃないですか!寒いでしょ」

重い食材が入った袋をふたつ、片手で持って、空いた左手で夏男君は私の手を掴む。

温めようとしてくれているのか、手袋越しに指の腹で私の手を擦ってくれていた。


「手袋持ってないんだよね」

「ええ!?部活で遅くなった時とか辛くないですか」

「お金ないから」



友達の間でよく行われる、雑談だ。


しかし、道端で足を止め、向かい合って手を握っている姿は他人にはそう映らなかったようで。


可愛いカップルねえ、みたいな内容の話し声が近くで聞こえた。


「……!!!」


そこでようやく、夏男君は女の子の手を握りしめている事実を自覚したらしい。

ぼっと顔を紅潮させ、夏男君が私の手を離す。


「ごめ、っごめんなさい!ちが、違うんですセクハラとかそんなんじゃなくて!つい思わず出来心で!!」

「気にしてないよ」


というか、一向に構わないのだけどその供述はどうかと思う。


「っ、じゃあ行きましょうか!どこまでもお供しますよ!?」

「家まででいいけど」


ぎくしゃくと体を反転させ、夏男君は私の家の方角に向かって歩き出す。女の子が苦手だとどこかで聞いた気がするが、彼の真っ赤な顔を見る限りその話は本当らしい。

の割にはよく歯の浮くような科白を言っているが。


「夏男君」

「はい!?」

「……寒いね」

「は、はい」

「……」


目が合わない。

世間話を振っても戻らない、妙な空気に当てられて、私もなんだか気まずくなってきてしまった。

なにか話題はないかな、と視線を街に巡らせる。

花屋のツリーに、おもちゃ屋前のサンタ人形、小物屋のリース、ケーキ屋の……


「あ、夏男君甘いの好き?」


ぱっと目に留まったのがクリスマスケーキだったのは、私も割と甘いものが好きだからだ。

「甘いもの?」

「うん、おごるよ」

そう言いながら店に入ると、夏男君も少し戸惑いながら付いてきてくれた。

恩着せがましくなってしまうかも知れないけど、荷物を持ってくれたお礼ということならセーフだ。

「ホールは流石に無理だけど。どれがいい?」

「!え、選んでいいんですか!?」

ぱああと顔を綻ばせた夏男君にいいよ、と頷けば、夏男君は子供のようにガラスに顔を近付けてケーキを見つめだした。

男の子で甘党だと、一人でケーキ屋さんに入りにくいらしい。

こういう風に好きなものを選べるのが楽しいんだろう。

「折角だからクリスマスじゃない普通の選ぼうかなー、あ、でもブッシュドノエル美味しそう……」

「ん?」

折角だから普通のって、どういうことだろう。クリスマスが近いから、それっぽいものを選びそうなものだけど。

私の疑問が雰囲気で伝わったらしい。夏男君はショーケースから目を離し、照れくさそうに私に向かって笑いかけた。


「俺、冬生まれだから、いっつもクリスマスケーキが誕生日ケーキだったんですよねー……っていうか、クリスマスあるからいいよねって感じで誕生日祝われたことがあんまり……なくって……」


言ってて自分で空しくなってきたのか、夏男君はごんっとショーケースに額を付け、項垂れた。

「せめて……気分だけでも……誕生日ケーキほしいなって……思って……」

「……うん分かった、ふたつ選びなよ」

「マジで!?先輩マジ天使!!」

どんよりと影を背負った背中が痛ましくて、ついそう言ってしまった。余計な散財だとかこの際そのことは置いておこう。祝ってやる。私が祝ってやるともさ。

しかし、冬生まれなのに夏男か。珍しい名前の付け方をする人もいたもんだ。

「……」

ふと、あることを思いついて私は外の方に目をやった。誕生日なら、あれが必要だろう。

「夏男君、ちょっと外出てくる」

「えっ」

「すぐ戻ってくるから」

選んで待ってて、と言って私は店の扉を開く。吐く息はやっぱり白かった。



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