短編

□漫画道
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ああ、そういえば消しゴムがもうすぐなくなりそうだ、と思い、文具屋へ寄った先。見覚えのある男子生徒がトーンの置いてある棚の前で唸っているのを目撃した。

この人とはいきつけの文具店でよく会う。相手の背が高くてインパクトが大きかったため、覚えてしまった。

名前も学校も知らない、本当に顔を知っているだけのその人は、難しい顔をして種類の違う柄トーンを両手に持ち、眉を寄せていた。

私はなんとなく男子生徒の様子を伺う。目が合った。


「ちょっといいか」


男子生徒がトーンを持って近付いてくる。


「主人公の部屋のカーテンに合う柄ってどっちだと思う?」

「……」


……いや、トーン持ってるし、Gペンとかの棚でもよく見かけるから、漫画関係の人かなとは思ってたけど。


初の会話がトーン談義になるとは思わなかった。
「どんな主人公です?」
一応、相談には乗ろうと会話を繋げてみる。

男子生徒はまるで友達と接するような軽さで、あ、そうか、と頷いた。


「鉛筆書きだけど、顔はこんな感じの……」


そう言いながら、男子生徒は通学鞄の中から一冊のノートを取り出す。

ネームというやつだろうか、鉛筆書きで、漫画の下書きが丁寧に書き込まれていた。


「はいこれ、マミコです」


そう言って見せられた、可愛らしい絵。無骨な印象を受ける彼からは想像もできないほど繊細なタッチで、一人の女の子がこちらに笑いかけている。横に小さく、マミコ、と描いてあって、簡単な性格やプロフィールがメモしてある。

その絵に私は、見覚えがあった。




「これ、『恋しよっ』の……」




月刊少女ロマンスで連載されている少女漫画、『恋しよっ』。

我が文芸部長の愛読書だ。

私も部長に勧められて最近手に取り、見事にハマった。

私はあまり恋愛ものの作品は読まない。
けれどそんな私でさえ、これは読者の心を惹きつけると言われるだけの事がある、と思う。




「あ、知ってた?」


男子生徒はしれっとした顔をしているが、これ、この状況、私は興奮して騒ぎだしてもいいんじゃないだろうか。
もしかしてこの人、夢野先生のアシスタントとか、身内とか、近しい立ち位置の人だったりして。




「……夢野先生の関係者の方ですか?」


「はい、夢野です」




……。





「……あなたが、夢野、先生?」


「どうも」





飲み込むのに時間が掛かった。





好きな作品の作者に会えた衝撃と、その作者が男で、学生だった衝撃、どちらが私の中で大きかったのかは分からない。




とにかく。くらくらした。


なのに。




「マミコちゃんならこっちの柄ですかね」

「そうか」



私の口ってやつは。

勝手に冷静な会話を続けていた。

違う、違うんだよもっと騒ぎたいんだけど、混乱が回り回って逆にクールダウンしちゃったんだよ。


夢野先生は、私が選んだ方のトーンを持ってレジの方へ向かう。




思わず。その腕を掴んで夢野先生を引き止めてしまった。



「あの」


止めたところで、何か用事があるわけでもなく。


「……せ、先生の作品の、ファンです」


口から出たのは、苦し紛れのミーハーな一言だというのに、夢野先生は迷惑そうな顔をするわけでもなく、慣れた調子で、鞄から色紙とサインペンを取り出した。


「お名前は?」

「え、あ、白木です。えっと、知り合いの分も合わせて二枚いいですか」


どうせなら部長の分も貰ってしまおう。

図々しくもそうお願いしてみれば、夢野先生はあっさり了承してくれた。

部長の名前も伝え、夢野先生がサインを書き終わるのを待つ。なんだこれ、感動だ。


「どうぞ」
「あ、りがとうございます」


先生直々に名前入りのサインを渡され、感動に打ち震えていると、夢野先生は何かを考え込むように、顎に手を当てた。じっと私を見てくる。いや、私をというより私の学校の制服を。


「……白木ってもしかして」ぼそりと呟くように尋ねられる。「緑ヶ丘の文芸部だったりするか?」

「は、はい」少年のように瞳を丸くした夢野先生を珍しいなあと感慨深く思いながら、なんでしょう、そう問えば、夢野先生はまだ驚いた顔をしながらも、白木樹季かと私のフルネームを確認してきた。


なぜ名前を知っているのだろう、思い当たるフシがあまりない私はそんなことをふわふわと考えてふと思いついた。


一年の頃、他校との文芸交流会でどこかの高校と部誌を交換したことを思い出した。マイナーな交流会なのだが――一応公式な交流会なので、あれだけは本名で作品を公開していた。


「漫画のネタになる作品はないかとうちの文芸部に部誌を見せて貰ったことがあったんだ。高校生で本格的な推理ものを書いてる作品は珍しかったから。覚えてた。あれは、面白かった。……じゃあ、また」
一言、さらりとお世辞には聞こえない賞賛を残して、夢野先生はさっきのようにレジに向かった。
今度は引き止めない。また、ということは、次も会ったら話して貰えるということだろうか。社交辞令かも知れないけど。


か、感動だ。私はまだ夢心地のまま、夢野先生に貰った色紙をぎゅっと握りしめていた。



消しゴムは買い忘れた。









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あとがき。(2015.4.28)

野崎君6巻おめでとうございます。真冬さんと夢野先生の対談面白かったよ。

野崎君の中では真由君と小林君が好きです。ブログコンビかわいい。




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