短編

□意地悪を君で
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私だって、毎度毎度機嫌が悪い訳ではないのだ。
まったりした昼下がりや珍しく寝起きの良かった朝などは、鼻歌を歌うくらいには心に余裕がある。


だけど、なぜだかこの人が私に遭遇する場面というものは、締め切り直前であったり、寝起きの悪い時であったり。何かしらタイミングの悪い時だった。

今回もそんな、タイミングの悪い彼のお話。





さっきまでどことなく彷徨うように配らせていた目線も今では私に一直線に伸びている。
その視線に私はどうも耐えられなくて、今度は私が彷徨わせた。「居辛いなら、なんで同席したの」気遣う必要なんてどこにあるの、そういうと、そうなんだけど、と困った風に笑ってきた。お人好しな後輩。
本当にお人好し。でもまあ、


「課題を、手伝ってくれるのは有難いんだけどさ……」





場所、ファミレス店。


メンバー、二年四組白木樹季に、一年一組早坂。


時間、午後八時十七分。


簡単な話だ。

部活にかまけて英語の課題を出し忘れたら明日までの課題を追加されました。以上。
ちなみに早坂君はこの件に全く関係がない、クラスメイトですらない。
ないけども、たまたまファミレスに食事に来たとき、課題を広げている私を見て一瞬で状況を理解してしまったらしい。



自分で言うのもなんだが、よしとけばいいのに、早坂君は律儀にどうしたんだ、と声を掛けて来た。それに対しての私の返答は一言だった。

「課題手伝って」




……そして、今に至る。
早坂君が英語の得意な人で良かった。予想していたスピードより格段に早く終わろうとしている。




「……そのプリントもやろうか?」


残すところ私が解いているプリント一枚、というところまで来たとき、先に全部解いてしまった早坂君が遠慮がちに言った。自分だけ手持ち無沙汰なのがどうも気まずいらしい。


「居辛いならなんで同席したの」

「いや、なんか虫一匹逃がさない的な雰囲気だったし……」


逃げられなかったし、と素直に言う早坂君。その素直な君の性格は好きだけど、社交辞令を覚えなさい。将来色々苦労するぞ。

早坂君は私を待っている間、散らばったプリントや筆記用具を片付けて帰る準備をしていた。食事をとる気力はもう無くなったらしい。なんとなく申し訳なくなってきて、せめて、と私は早坂君に先に帰っていいよ、と声を掛けた。


「駄目だ。外暗いだろ」

「うん?」

「……女一人で帰ると危ないだろって言ってんだよ!」

「そういうところ優しいよね早坂君」

「やさ……」

「そう。最初に会った時から思ってた。早坂君。君は優しいよ」


そこで丁度プリントが片付いたので私は顔を上げた。
久々に長く話した私の言葉に、早坂君は混乱している。その混乱は、お冷やのおかわりを店員さんが持って来たことで、落ち着いた。珍しく表情を歪ませながら、私に確認するように尋ねる。



「褒めるだけ褒めて……また何か頼み事してくる気じゃないだろうな」


真っ赤になった早坂君の顔。今の優しい、という言葉に照れているようだった。


「なに照れてるの」

「ばっ、ってててて照れてねえよ!」

「声」


ファミレス内だよ、と注意すれば、んぐ、と悔しそうに声をくぐもらせる。

その間に片付けを終えた私は、伝票を片手に(ジュースしか頼んでないけど)レジへ向かった。






会計を済ませ、外に出ると早坂君の言う通り辺りは真っ暗になっていた。

田舎気味の場所とはいえ、夜に開いてる店も多いので足元に困ることは無かったが、月や星の明かりがきれいに見えるほどには薄暗い。


「確かにこれは暗いね」

「……」


さっきの会話で少し拗ねているらしい早坂君は、何も言わすに私の横でてくてくと歩いている。
早坂君は足が長いので私が早足で付いて行かないといけないが、たまに歩幅の差に気付いてスピードを緩めてくれたりした。


優しいなあ、と思いはしたが、また拗ねさせてしまうので黙ったままでいると、早坂君が急に私の腕を引っ張って引き寄せた。


「……通路側歩け」


ぶっきらぼうな声でそう言うと、そのまま早坂君は道路側を歩いた。そして、少しだけの間の後、

「お前だって女なんだから、もっと自覚持てよ」

そう言って、黙り込む。周りが暗いので、早坂君の表情は窺い知れない。が、声の調子が緊張して震えていたのは暗いぶん、よく分かった。相当頑張って絞り出した台詞だったらしい。


私は薄暗い中、早坂君に気付かれないようににやりと笑った。
なるほど、さっきの「優しい」の意趣返しのつもりか。普段なら流して終わるところだが、今日私は課題が終わったばかりで機嫌がいい。お望み通りノッてやろうじゃないか。


「早坂君って王子様みたいだよね」

「……なっ、に、言ってんだ」


これはさっきの「優しい」よりも断然動揺したらしい。表情は分からないが、明らかに上ずった声が返ってきた。

感情を隠すのが下手なやつめ。私は上機嫌な気持ちのまま、いつもより柔らかい声を作って早坂君に語りかける。


「優しいし、紳士だし。ぶっきらぼうかと思えば細かいところに気が付くし、かといって押しつけがましくない。容姿だって金髪で端麗」
「うわぁぁぁああああああああああああああああああ!!」
褒め殺しに耐えられなくなった早坂君が自分の頭を抱えてその場にうずくまる。隠すように顔を覆った腕の間から、か細く「やめてくれ……」という声が聞こえてきた。


人通りも車通りも少ないとはいえ、道の真ん中なので、一度立たせて道の端に寄る。早坂君は両手で顔を覆いながら素直に道の端に寄ってくれた。


「先輩を照れさせようなんて百年早いわ」

「お、まえ……」


態とかよ、と指の間から睨まれるが、薄暗くても分かるほど赤い顔で睨まれても全く怖くない。


「やだなあ、からかいの気持ちはあったけど本心だよ。優しく紳士でまめやか慎ましやか、おまけに器量も金髪端麗、オプションに照れ屋さん」

「やーめーろーよおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!」

「早坂君、近所迷惑」

「誰の所為だ!!大体優しいって言われても嬉しくねえんだよ!ヤンキーが優しいとか舐められるだけで……」

「あらあら、早坂君、こんな言葉を知らない?」


口と語彙力で私に勝てると思うなよ。私は上機嫌のまま、少しだけ声を落としてこう言った。



「“Tenderness and kindness are not signs of weakness and despair but manifestations of strength and resolution.”」

英語が得意らしい早坂君は、その言葉の意味もすぐ理解したようで、更に何とも言えない顔を作る。赤い顔を隠すため、更に強く強く掌を顔に押し付けていた。


舐めるなよ。私は結構君のことを気に入ってるんだから。君のいいところを言わせたら右に出るものはいないさ。














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「やさしさと思いやりは、弱さや落胆の印ではありません。強さと決意の現れなのです。」 ハリール・ジブラーン


(2014.3.10)


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