短編

□喫茶店にて
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風紀委員と懇意にしている樹季と恋仲であるから、由井忍は生徒会を止めたのだと、そのように噂を誘導した方が違和感が無いので由井にとっては好都合だ。

風紀部の消滅は早坂から聞かされたとはいえ、まだ油断すべき時ではない。
そういう考えから由井は噂を否定も肯定もしなかったのだが、それでも度々同じ質問をされることに疲れてきていた時だった。




「由井君付き合ってる人いたんだ」




他でもない、噂の元である白木樹季はそうのたまった。
昼休み、渡り廊下脇の自動販売機の前で、鉢合わせしたと思ったら、これだ。

「……どこで聞いた?」

「一年の教室の前」

誰から聞いたという意味で聞いたのだが、まあいい。通りすがりに小耳に挟んだのだろう。

「一応言っておくが、その噂の相手はお前だぞ」

「何で」

「昨日の喫茶店での一件を見られていたのだろう」

「その前に、由井君が校門前で抱きついて来たのも理由のひとつだと思うけどね」

今、噂の全貌を知ったらしい樹季は、これといって動揺した様子も無く自動販売機からカフェオレのパックを取り出した。

「……お前、金欠じゃなかったのか」

「これは文芸部のお使いです。ジャンケンで負けてパシられたの」

ごめんなさいね、とわざとらしく謝って、樹季はその場を去ろうとする。その背に、由井は無意識のうちにおい、と声を掛けた。
動きかけていた樹季の足が止まる。言葉は無くても、何だ、と問われているのは分かった。
「嫌ではないのか」
「何が?」
「噂だ。少なくとも俺は今日一日で大分消耗した」
「ああ」
樹季は少し考えるように黙ると、ふむ、と一拍置いて答えを出した。
「そりゃあ何度も繰り返し噂の事について聞かれたら苛つきもするだろうけど、噂自体は別に。気にしても仕様がないし」
「そんなものか」
「私はね。ああ、由井君は嫌だったの?」
そう問われ、由井は考える。確かに、逐一噂の真偽について尋ねられることについて辟易はしていたが、そういえば噂の内容自体には驚きはすれど苛立ちはしていないことに気が付いた。
「そういえば、さして気にすることでもないな」
要は、噂が落ち着くまであまりその話題に触れなければいいのである。少々面倒だが、野次馬根性の強い連中には近付かないよう気を付ければいい。
簡単に出た苛つきの解決法に納得し、由井はうんうんと頷く。
そんな由井に樹季の放った一言が突き刺さった。
「まあ友達だし、気にすることもないでしょう」
「は――」
小説や漫画ではよく見ても、実際に言われることの少ないその単語に、由井は間抜けな声を出す。
「違った?」
「いや、」


そうだ。恋仲でなくても、樹季と仲が良いと言う印象を周りに植え付けておけばやまびこの術を行うに当たって都合がいいことに変わりはない。


この時、まだ感情で物事を考える事ができない由井が出した答えは、そんなものだった。



「……友達、だな」
「まあ、先輩と後輩の壁はあるけどね」
「……」
樹季が自分で、他人を友達と称することが珍しいということは、由井も知っている。少し話した程度の知り合いを、彼女は友達と呼ばない。
知り合いという壁を壊すきっかけがなんだったのか、由井には分からない。

自分が風紀部だからか。

昨日荷物持ちを手伝ったからか。

由井に想像できるのはそこまでだ。
彼女の中でなんの条件を満たしたのか、由井には知りようもないのだ。


ただ、ひとつだけ、『頭で』考えた。


――黒崎真冬と早坂、両者と仲のいい樹季を押さえておけば、これから有利に動けるだろう。


『頭で』考えたそのことに対し、『心で』どこかが痛むような心地がしたのに由井は気付かない。気付いたところで、何の問題もないと切り捨てるに終わっただろう。


しかし、由井は気付いておくべきだったのだ。気付いて、その痛みと向き合うべきだった。
気付かれることのなかった痛みは、ゆっくり、ゆっくりと由井の中で大きくなり――




約半年と数か月後――






風紀部潰しを行った一人の青年が、自分の中の痛みに耐えられず顔を歪めることになる。









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あとがき。(2013.8.6)

ここ最近由井の株がめっちゃ上がってますね。

理論と感情で揺れるお話大好きですとも。
どっちがいい悪いとは一概に言えませんが、悩んで悩んで答えを出した人はとても強いと思う。



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