短編

□喫茶店にて
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「そういえば由井君、どうしていきなり風紀部入ったの」


唐突に訪ねられ、由井は白玉を咽た。聞いてはいけないことだったろうか、と言いたげに樹季は首を傾げる。
しばらく苦しそうに咳をしてから由井はナプキンで口元を拭い、きりっと樹季を見る。

「特に理由はない」

「嘘吐け」


絵に描いたような動揺の仕方だったのだ。樹季の冷たい視線も当然のことだった。
「風紀部について探ってこいとか言われたの?」
「お前は……阿呆な顔をして意外に鋭いな。忍者に向いているかもしれん」
そして、そのまま意識をあんみつに向ける。

どう受け取っても褒め言葉とは遠い言葉に、樹季はテーブルの下で由井の足を踏み、無言の文句を伝える。
由井は痛そうな顔を欠片も見せずに金柑をスプーンで掬った。
同じメニューを頼んではいたが、樹季の器には金柑など入っていない。
樹季の視線が、由井が掬っている金柑(丸ごと)に向けられる。
「ん」
その視線をどう受け取ったのか、由井はスプーンの先の金柑を樹季に向ける。

「欲しいんだろう」
珍しい由井の厚意を無下にするのも勿体無いと思ったのか、樹季は素直に差し出された金柑をぱくりと口に入れた。
しかし、高校生の男女二人が甘味を「はい、あーん」するのは思いの外目立ったらしい。離れたテーブルに居た女の子たちがきゃあっと歓声のような声を上げた。


「いいなあー」

「ラブラブだねー」



勘違いされたのが不快だったらしい、苛々と樹季はあんみつの入っていたグラスを指で叩いているが、由井自身は気にした様子もなく、味はどうだと問いかけている。

種があるから食べにくい、という答えが返ってきた。

合わないというわけではないが、丸ごとだと酸味の方が勝つのでそこも惜しい。
「切った方がいいな」

関節キスだとか、「はい、あーん」だとか、気にするタイプではない二人なので、その後何があるという訳でもなかった。
樹季が種を口から出し、由井がナプキンを取る。
「これに入れろ」
そのまま、由井はナプキンを置いて樹季の前に差し出そうとしたのだが――



すいっと伸びてきた手に口の端を押すように触られ、由井の動きが止まる。触れられるのは想定外だった。
「えーと」
状況から察するに、樹季は由井の口の端についたあんこを拭ってくれたらしい。
樹季はしばらく困ったように自分の指先についたあんこを見つめていたが、やがて指先を由井に向ける。

「食べる?」

「流石にそれはないと思うぞ」

流石の由井もこの時ばかりは呆れたような声が出た。
「どうしてお前は子供っぽいというか、慎みが無いんだ」
自分が「はい、あーん」したことは棚に上げて、由井は説教するような声を出す。
行き場のなくなった状態に、樹季の指はそろそろと引っ込む。
気まずそうにナプキンで指先を拭う樹季を見ながら、由井は樹季の事を調べているうちに聞いた、いくつかの噂を思い出していた。
生徒会の一年と付き合っているとか、三年の不良の所に入り浸っているとか。
由井は噂を丸呑みにするほど軽率ではないので、おそらくガセだろうとは検討付けているが、噂好きの他の生徒に聞かれたら瞬く間に学園中に広まるだろう。
「そうやって隙を見せるから、いらん噂がたつんだ」

噂の中心になってしまって、気の毒だと思わないでもないが、今日一緒に行動して気が付いた。
躊躇いなく下着を買いに男を同伴させるわ、男の顔についた食べかすを拭って差し出してくるわ、噂の立つ原因は間違いなく樹季の警戒心の無さにある。


「何度も言うが、隙だらけだと、いつか痛い目を見るぞ」


父親のような口調になってしまうのは仕方ない。本当に危なっかしい子供を見ているような心地なのだ。
「おい、聞いているのか」
「うん」
とても分かったとは思えない声で、樹季が頷く。また二言三言文句を言いたい気持ちに駆られたが、もういい、というように樹季が手を振ったので由井も黙る他無かった。



*****



数日後。
由井は己が色恋沙汰の噂の中心になっているのを聞いて眉を顰めていた。……どこから広まったのかは分からないが、多分、喫茶店で一緒に居る所を見られたからだろう。もしくは、買い物に同伴している所か。これは全部、噂が広まった後の推測だから、由井が噂の出所を知ったわけではなかった。

……とにかく、生徒会の一年、三年の不良に引き続き、由井が噂の標的となったわけだ。……まさか、碌に話した事が無い二年の、しかも生徒会でもない樹季と噂になるなど、思ってもみなかった。

偶に本当の所はどうなんだと不躾に聞いてくるクラスメイトに曖昧な答えを返し、溜息を吐く。いい加減にしろ、俺は雅様にお仕えする事しか考えていないと声高に叫びたい所だったが、一応まだやまびこの術を継続中なので自重した。
自重して正解である。男女の仲を疑われる噂の否定と共にそんなことを言おうものなら、間違いなく変な誤解をされるところだ。


噂の出所はともかく、男子からの人気が高いという訳でもない樹季の噂が話題に上りやすい理由はすぐに分かった。良くも悪くも、ブランドのついた人間の噂は広まるのが早い。樹季の場合、『文芸部のホラー作品を書いていた人』というブランドで、作品の熱狂的なファンを中心にじわじわと話題の種に登って行ったのだ。
まあ、樹季自身が目立つタイプの人間ではない所為か、噂は知っていても樹季の顔や名前は知らない、といった生徒がほとんどであったのだが。


即ち、どうしてもこの噂で注目されるのは『(元)生徒会』として顔も名前もそこそこに広まっている由井の方であった。




――落ち付け。




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