短編

□いいでしょう つづけましょう
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今でこそ仲が良くて本当の姉弟みたいだと言われるけれども……とにかく、樹季と航平は小さい頃大喧嘩することが多かった。そんな時は、樹季の兄が仲裁しようとしてもあまり効果がなかったので、長い間口をきかなかったり、互いに気の済むまで叩き合ったりと随分激しく衝突しあっていた。


航ちゃん嫌い。


それでも、この台詞を口にした時、言われた航平の方は無言のまま、いつものように騒ぎながらでなく、ただ静かにぼろぼろと泣き出した。

まだ互いに幼く、自分の感情の整理もできない子供の頃の話だ。いきなり泣き出されて焦ってしまっていた樹季も、いきなり胸に鉛玉でも打ち込まれたような悲しみの衝撃に翻弄されていた航平も、冷静な判断ができていなかった。加えて、航平は結構な腕白坊主だったのである。


手加減の仕方も知らない、小さな子供のグーパンは、避けるという選択肢を出すこともできなかった樹季の顔にまともに入った。



それからは大変だった。基本的に互いのことにノータッチな白木家は航平の行動について特に咎めることも無かったのだが、寒川家のほうでは、女の子の顔をグーで殴るなんて云々と航平の説教会が開かれ、親と共に航平が頭を下げに行くというちょっとした騒動が起こっていた。
航平は、頭を下げなかった。

というより、鼻にガーゼを張った樹季の姿を見た瞬間、いたたまれなさがピークになって逃げだしていた。


焦る、


それはもう焦った。


あわてて引き返して樹季に謝りにいこうとしたが、意志とは裏腹に足は樹季の家に向かってくれない。


嫌い。


嫌い。



その言葉ばかりが頭の中をぐるぐると回って、航平は夕方の公園で一人、もう一度泣いた。



数日後の昼。

皮肉なことに、航平と樹季の再会はあっさりと果たされた。

航平の両親が仕事で遅くなる日、白木兄妹に子守のお願いが渡ったらしい。

寒川家の玄関を潜り、兄の方は、まだよちよち歩きの航平の妹、港の面倒を見る。

その間に鼻にガーゼを付けた樹季は、気まずそうに部屋の隅に居る航平の所に歩いて行き、一緒に遊ぼう、と声を掛け続けた。

いつしか、航平の方も、相手を宥めようとする樹季の声を聞くうちに、気まずさを薄れさせ、いつものように樹季と話を始めた。


気が付くと、目の前のベッドにくつろいだ格好の樹季がいて、窓から入って来る月の光をたよりに何やら本を読んでいた。
立てた両ひざに埋もれるようにして眠りこけていた航平は、しばらくの間、まだ夢の中にいるような気分でその手元を見ていたが、視線に気付いた樹季がふ、と航平の方を向いた。


「お話の途中で寝ちゃったから起こさなかったよ」


ごはん先に食べちゃった、と樹季は台所の方を指差す。その言葉を聞いた途端、航平は自分がひどく空腹であることに気付いて立ち上がり、台所に向かった。本が大好きな樹季は、本を読んでいる時に邪魔をすると怒るので、航平は声を掛けなかった。ただ、部屋を出る時に部屋の電気は付けていく。後ろの方から、ありがとう、と呟く声が聞こえてきた。

樹季の方こそ、電気をつけるなり別の部屋で読むなりすればいいのに、航平が起きないよう、航平が起きた時にひとりじゃないよう、わざわざ暗い部屋の中で本を読んでいたのだろう。

なんだか胸の奥にむず痒さを感じながら、台所へ顔を出すと、眠りこけた港を抱っこした樹季の兄がいた。黙ってテーブルの上を指差す。テーブルの上には、航平の分の夕食がラップを被せられて置いてある。航平は、慣れたようにラップを外し、皿を持ってレンジへ向かった。樹季の兄が、港を抱えたまま子供部屋に引っ込んでいった。

温まった夕飯をレンジから出し、航平はもくもくとそれを口に運ぶ。その手がぴたりと止まった。



違う。

大好きなハンバーグがいつもと少し違う味がして、首を傾げる。


だけど、すぐにその答えは出た。


港を寝かしつけてきた樹季に兄が台所へ戻ってきたのだ。


「それ、樹季が作ったんだ。変な味かも知れないけど、一生懸命やってたから食べてやって」

「……樹季ねえちゃんが?」

掠れた声は兄にどう聞こえたのだろうか。
「ひどいこと言ったから、お詫びだってさ。本当は夕食の時謝ろうとしてたらしいんだけど、お前寝てたし」


最後まで聞かずに、航平は椅子から飛び降り、樹季のいる部屋へ向かった。

ドアを開け、背を向けて本を読んでいた樹季に後ろから飛びつく。

驚いたように振り返った樹季に、ごめんなさい、ごめんなさいと泣きじゃくりながら言い続けた。



*****



「細かいところまでよく覚えてたな……今聞かされて思い出した」
いぶかしげに眉を吊り上げた航平に、樹季の兄は背後にあった白いソファにどっかと腰を降ろすと余裕の表情で話し始めた。

「で、どうなんだ航平」

「どうって?」

「お前、大泣きしながら謝って、殴った代わりに樹季ねえちゃんお嫁さんに貰ってやるとか叫んでたじゃん。だから今はソレどうなのかと」

「待って待って待って待って」


航平は赤い顔ごと自分の口を押さえ、樹季の兄の話を遮る。

「……覚えてない」

「嬉しいことに俺は覚えてる」
あの後お前の声で港ちゃん起きちゃって大変だったんだからな、と兄は面倒なことを思い出したかのように顔を顰めた。

「今だったら樹季もそれなりに家事はできるようになってるし、航平の好きなハンバーグもミルクプリンも作って貰えるぞ。気心も知れてるし良物件だ」


樹季の兄が親指を立てながらそう言った時。部屋のドアが開いて噂の主が顔を見せた。
今度は隠すことなく赤い顔を向ける航平に、樹季はしょうがないというように苦笑した。

「遅くなってごめん。ご飯できたよ」

昔と同じように、寒川家の親から、仕事の都合で今日は夕食を作れないと連絡があり、寒川兄妹の分も夕食の準備をしていた樹季。

たった今入ってきたのだから、航平と兄の会話は聞かれていない筈だが、なんとなく気まずくて、航平はふいっと横を向いた。

「拗ねないでよ。ほら、ハンバーグ作ったから、冷めないうちに食べて」

ここで樹季が分かっていないのは、顔が赤いのが腹を立てているせいではないということだ。

子供の頃とは違い、大分幼馴染の扱い方も心得た樹季は、航平の背を押した。


抵抗することなく航平は台所へ向かう。

既に席に着いている自分の妹と、自分の好物のハンバーグがテーブルに並べられているのが目に入る。

数年前のことなどよくは覚えていないが、兄の言う通り料理の腕を上げたという事は見ただけで分かる。しかし、それはお嫁さんがどうこうという問題とは関係ない、だろう?



喉が干上がる感覚と共に航平の中に生まれた感覚は、心臓が軋んでいくような、しかし燃えるように沸々としてくる、今まで感じたことのない様な不思議な感覚であった。其れはどういうものなのか、航平は言葉にすることはできなかったが、ハンバーグの暖かさに続くように、喉に落ちてきたその感覚の暖かさは、とても心地よくて、









(ずっと続けばいいと思った)










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そのままつづけるか、別の関係を望むかは彼自身が決めることだけど。


(2013.7.6)


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