短編

□純情恋歌
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郵便でーす、と言って樹季は部屋の戸を叩く。程なくして、部屋の主が若干眠そうな顔をしてドアを開けた。


「おはようございます」


日曜の朝10時。

パーカーにジャージ下という色気の欠片もない恰好をした樹季は、きちんと挨拶をしてから、自分の頭上を指差した。


「トリ吉がもう三日私の頭の上から退こうとしないので届けにきました」


樹季の頭の上には手紙を咥えたハト。


「おう」


ハトの飼い主である桶川恭太郎は、眠そうではあったが、スノウからの手紙の効果か、怒りはせずに樹季を中に入れた。

ちなみに、樹季があっさり部屋に入れたのは樹季が手土産に二人分のシュークリームを持って来たからだ。

策士である。

慣れたようにテーブルに着き、シュークリームをコンビニの袋から出す樹季。飲み物はとりあえず甘さ控えめのコーヒーだ。


「先輩、その文通の仕方、途中で手紙無くなったりしません?」

「時々はあるな」

「よく続きますね……」

「なんだかんだで、メールとかよりこっちの方が感じが出るからな」


桶川は、ロマンチストとしての意見を言って、ハトが咥えていた手紙の封を切った。

樹季はどこかつまらなさそうにシュークリームの小袋を開ける。

桶川の視線の先はスノウからの手紙。樹季の視界の端に映るはそのスノウの正体である真冬から貰ったらしい、大きなネコマタさんのぬいぐるみ。


非常に面白くない。


「そんなにそのネコマタさんが好きか!」

「当たり前じゃねえか」

どうしたいきなり、と言いながら、そこで桶川が樹季に視線を向けたのだが、樹季は同時にごんっと机に突っ伏したのでそれに気付かなかった。実にタイミングの悪い二人だ。


「ううぅ、なんですかこの敗北感」

「そりゃお前、漢気の差だろ」(ネコマタさんの話)

「やっぱそこですか……確かにかっこいいし可愛いし頼れる感じはしますけど」(スノウ及び真冬の話)

「可愛いんじゃねえんだよあれは漢気の中のまろやかさなんだよ!分かってねえな!」

「まろやかさならシュークリームで味わって下さいよ」

「手紙読んだらな」


敗北その2。

自分より真冬に軍配を上げられた気がして、樹季はずずんと纏った空気を重くした。


そこで第二撃。


「お前、それ食ったら帰れよ」


今から手紙の返事書くから、とペンを指の先で回している桶川からの言葉がさっくりと樹季の頭に刺さった。


敗北その3。

「……」

樹季は黙って席を立つ。

そのままするりと部屋を出た。



かちゃんと玄関の方からドアの閉まる音が部屋に響く。


ぽつんと机の上に残された食べかけのシュークリーム。


それに何かを責められているような気がして、桶川はようやく樹季が機嫌を損ねた事に気が付いた。


とりあえず、回していたペンを置き、一人で静かに慌てながら椅子から立ってみた。




どうすればいい!?俺はどうすればいいんだトリ吉!!




一人の部屋で、テンパってハトに助けを求める男の図である。



桶川としては、ネコマタさんの話から手紙の話になって、その手紙を書くときに人が居ると書き辛いから席を外せ、と言ったつもりだったので何が問題だったのかが分からない。
強いて言えば、基本的に言葉が足りない上、勘違いで考えを暴走させるタイプの二人が揃っていることが問題と言えば問題なのだが、それは今更言っても仕方がない。

おろおろと視線を彷徨わせ、とりあえず追いかけてみるか?と玄関に視線をやったところで、再度玄関が開く音がした。
思わず早足で玄関に向かう。

僅かに驚いたように目を開いた樹季が立っていた。


「どうしたんですか?」

「……」


いきなり出て行かれて一人で慌てていた、などとは言えず、桶川は無言で樹季から目を逸らした。

無言で出て行き、何食わぬ顔で戻ってきた樹季に、怒りの感情よりほっとした気持ちの方が強いのは、心のどこかで嫌われたくないと思っている部分があるからなのだが、それは樹季にも、当の桶川にもまだ気付かれていないことだった。


「……どこ行ってたんだ」

「これ取りに行ってきました」


そう言った樹季の手には、まだ蕾の多い紅梅の枝が握られていた。どこかから手折ってきたのだろうか。


「差し上げます」

「男に花か」

「部屋に猫グッズ敷き詰めたり財布がニワトリさんだったりする人が、今更なに言ってんですか」

「……」


反論できなかった。

なぜお前が財布のデザインを知っている、と言いたかったが、いつものように流されるのは分かっていたので、桶川は黙って梅の花を受け取る。


「『君ならで 誰にか見せむ 梅の花 色をも香かをも 知る人ぞ知る』」

「は?」

「紀友則の歌です」

ロマンチックをご所望のようでしたので、と樹季は言うが、和歌など欠片も知らない桶川は何を言われたのかさっぱり分からなかった。


「男性が詠んだ歌なので漢気成分も入ってますよ」

「……もしかしてお前、ネコマタさんと張り合ってんのか?」

「……」


ちょっと違う。

微妙な面持ちで黙り込んだ樹季の沈黙を肯定と受け取ったのか、桶川は大きく溜息を吐いた。


「あのなあ、そもそもネコマタさんと張り合うなんて変だろうが、ネコマタさんは目標?みたいなもんで、お前は、その、なんだ……」


同士? いや、仲間? 違う気がする。ならば友人か、とも思うが、それもなんだかしっくりこない。

いざ言葉にしようとするとうまい言葉が見つからず、桶川は口を閉じる。


「まあいいか」

「えっちょ、よくないですよ!」


続きは!?と何気に期待していた樹季が食って掛かるが、物事を深く考える性質ではない桶川は、花瓶の代わりを探しに戸棚の方へ歩いて行ってしまった。

一人玄関に残された樹季は、今度はマジで帰ってやろうか、と臍を曲げかけたが、


「早く上がれよ」


部屋の方から桶川がそう声を掛けて来たので、ころりと機嫌を直して靴を脱いだ。



単純な二人が、互いの気持ちに気付くのは簡単ではないが、互いに一緒に居て悪い気がしないことだけは、知っている。









*君ならで 誰にか見せむ 梅の花 色をも香かをも 知る人ぞ知る*


意訳

あなた以外の誰にこの花を見せましょうか、色も匂いも、私とあなただけのものにしておきましょう。



(あなただけです。他の誰でもない、あなただけなんです。)




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舞苑さん・早坂君・番長の三人でゲーセン行ったとき、番長ガマ口財布出してたじゃないですか。
あれ表から見たらニワトリさんだと思う。

ちなみに舞苑の持ってる財布はブランド物だと思う。




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