文芸道
□暗小道
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何があったのかは知らないが、白木樹季は随分この舞苑という奴を嫌っているらしい。
メールを開くのに随分躊躇って、ようやくボタンを押した。
ぱっと画面いっぱいに映し出される、縄で縛られた男の写真。
男の恍惚とした表情や、そういう遊び独特の縄の縛り方を見るに、誰かに捕えられ、助けを求めてメールしたというわけではなさそうだ。
「……」
ばちんっと荒々しく携帯を閉じる樹季。
気持ちはわかる。
分かるが、それをあえて触れないで置いてやる河内ではなかった。
「へー、白木サン、そういう趣味なんだ」
軽い嫌がらせのつもりだった。
樹季もそれに気付かないほど馬鹿ではないだろうから、軽く流されるか、上手くすれば少しくらいは狼狽えた姿が見れるかな、と思っての言葉だ。
「それにしても、他校生掴まえて面白いメールのやりとりしてるんだな」
樹季の反応を楽しむように口の端を上げながら、河内はゆっくりと樹季に顔を向けた。
「まあ、黙っててもいいけど」
ニヤニヤ笑いながら、河内は楽しそうな足取りで歩を進める。
樹季は苛々と携帯を何度か開閉し、右手に握り込んだ。
勿論、樹季も単にからかわれているだけだというのは分かっている。ここで下手な反応を見せれば相手を楽しませることになるのも分かっていた。が。
心外にも程がある。
ぎっと樹季が河内を睨むが、暗い部屋の中、樹季の表情は河内には見えなかった。
樹季が足を開いて構えた動作も、軽く身を捻じって拳を構えた動作も、気付きはしたが暗かったのと、予想外だった所為で初動が遅れた。
ここで豆知識。
人の手にフィットするように作られている携帯をうまく握り込むと、素人でも割と高い威力のパンチができる。
ばきゃ、と暗い部屋に、樹季が右ストレートを見舞った音が響く。
河内の右頬にガーゼが一枚増えることになった。
***
ありがとうございましたー、という声に送られ、河内と樹季はお化け屋敷を出た。
「……っんじらんねえ、この暴力女」
「痛み分け」
「あの取引の件がなかったらぶっ飛ばしてんぞ、ったく」
頬を擦りながら文句を言う河内の横で、樹季も右手の甲を擦っている。
素人がいきなり拳を使ったのだから当然の結果である。
が、樹季のほうはどこか清々しい表情だ。
「取引って、不良に関わるなってやつ?了承した覚えないんだけど」
「殴るぞ」
「叫ぶよ」
放課後とはいえ、まだまだ人通りはある。しばらく目立つことができない河内は悔しそうに舌打ちをした。
存在を知ってから、この白木樹季に強く反発心を抱き続けた河内だったが――
思えば、本能で相性の悪い相手だと感じ取っていたのかもしれない。
「河内君。河内君は、今日『仕事』はないの?」
樹季に背を向け河内が去ろうとした時、そう尋ねられる。
「……あんたは」
「今日は休めって言われた」
今回の騒動で一枚噛む同士といっても、やることはそれぞれ違うので、相手が何をしているか詳しく知らない。本来なら連絡を取り合って情報交換をすべきなのだろうが、河内の方がそれを避けていたため、河内と樹季は互いに連絡先を知らないままだった。
だからという訳ではないだろうが、樹季はさっきしまった携帯を取り出し、河内に見せた。
「連絡先交換しとく?」
「……」
嫌だというのも子供っぽい気がするので、河内は大人しくその提案に応じる。
携帯をくっつけてアドレスを送り合う間、ふと思い出したように樹季が口を開いた。
「そう言えば河内君、気付いてた?」
「なにが」
「私、お化け屋敷回ってる間、怖い話してたでしょ」
アドレス交換が終わったため、樹季の方が携帯を離し、ポケットに仕舞う。
「それが」
河内は無愛想に返事を返す。
そして次の瞬間、引いていた鳥肌が再び戻ってくることになる。
「たかだか教室一つ分歩いてるだけだったのに、怪談を六話分話すほどの時間が経つなんて、長すぎると思わない?」
高いバイブ音が響き、樹季が会話を切ったのは、それからすぐのことだった。
メールでなく通話の方だったので、河内も言葉を返すことができず、立ち尽くす。
通話の中で相手に呼び出されたのか、樹季が軽く手を振ってからその場を離れるように歩き出した。
河内も背後にある暗い教室を気持ち悪そうに見て、すぐにその場を離れた。
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あとがき。
河内は夢主が嫌いというより、変に頭が回る者同士の同族嫌悪。(桶川さんが日和ったのは夢主の所為でもある、と思っている八つ当たりもあるけど)
教室の謎、種明かし↓
@教室内の道を作っている壁をいくつか移動式(もしくは回転扉のような造り)にする
A基本的に螺旋を描くように最初の道を作る(入った人の方向感覚を狂わせるため)
B移動式の壁のポイントを入った人が通ったら、すぐに壁の位置を移動(回転)させ、入った人が教室内をぐるぐる回るように誘導する
C無限ループって怖くね?
だから壁を動かす音が聞こえないよう、教室内のBGMがちょっと大きめ。
夢主は早々にそのことに気付いてる。
でも後輩が頑張って作った仕掛けなので、せめて河内には気取らせないよう、壁の仕掛けに意識がいかないように怪談話で河内の注意を自分に引き付けてる。
で、それをあえて黙ったままでいるのがちょっとした夢主の意地悪。