文芸道

□暗小道
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白木樹季が一年教室前で佇んでいるのを見つけた河内は、不快な表情を浮かべ、おい、と樹季に声を掛けた。

だが、そんなクラスメートの微妙な表情に気付いているのかいないのか、樹季は肩を竦めながらいつもと変わらない調子で返事を返す。


「おでこどうしたの」


河内の表情より、河内の額に貼られたガーゼの方に気を取られている樹季は、自分の額を指差して首を傾げる。


「黄山を挑発してきたんだよ。馬鹿はすぐ引っ掛かるから楽だ」

「ふーん」


大して驚いた様子も見せず、樹季は緩い動作で頷く。

その時に、樹季が一瞬呆れたような、どこか人を馬鹿にしたような表情で河内を見た気がしたのだが、樹季の視線はすぐに廊下の向こうに移ったため、追及することができなかった。




それよりも。




「あ、後藤君」


廊下の向こう側から歩いてくる人影に河内は舌打ちを零す。


「来い」


樹季が何か言おうとしていたが、無視する。



樹季の口を掌で塞ぎ、河内は目の前にあった教室に樹季を連れて入る。

暗幕の張られた暗い教室の中、ドアを閉めてから樹季を解放した。

樹季は咳き込みながら河内をねめつけるように見た。



「後藤に見つかるわけにはいかないんだよ」

「……くち」

「仕方ないだろ、お前の声意外と声量あるんだから」



河内は適当に樹季をあしらい、ドアの向こう、廊下の音に意識を向ける。

人通りが多いので、後藤が通り過ぎたのか、よく分からない。

しばらくここで身を隠すしかないか、と河内が床に腰を降ろそうとしたときだった。


「先輩、準備できました!」


幽霊に見立てた布を頭に被った一年が、暗幕の中から顔を出してきた。



「一本道なんで、この道沿いに進んで行って下さい」


「この人一緒に連れてってもいい?」



河内に声量を指摘され小声で一年に返事を返した樹季だったが、内容はダダ漏れだった。河内は大きなため息を吐き出した後、本気の嫌悪を目に宿らせつつ呟いた。



「な・ん・で、俺とお前が、仲良く出し物見学しなくちゃいけねえんだよ……」


怒っているのか冷静なのか分からない河内の声に、樹季は珍しく気圧され、呟いた。


「いやあの……入り口で蹲ってたら、邪魔だし」

「知るか」

「怖いの苦手?」

「違う」

「暗いの苦手?」

「違う。お前が嫌い」


何度も言った言葉を改めて伝えると、樹季は、あっそ、と答えてお化け屋敷の道へと一人で足を踏み出した。


樹季に付いていく気がない河内は、そのまま床に腰を降ろした。が、すたすたと奥に足を進めていく樹季の呟きが耳に入る。


「へたれ」


河内は立ち上がり、樹季の後を追う。

この女、いつか絶対ぶん殴る。



***



お化け屋敷といっても、所詮は高校生の作り物。

ひとつふたつ驚かすポイントがあるだけだろうと踏んでいたのだが、まさしくその通りだった。

……その驚かし方が、大量のコンニャクによる攻撃だったときは流石に別の意味で驚いたが。

それ以外はどうということはない、ただ気持ち悪い絵や、大きめの音量で流れるBGMの気味の悪さが暗い部屋の中にあるだけだ。


お化け屋敷自体は、どうと言うことは無い。




……。





しかし。






「これは、私が経験した、本当の話です……」

ぼそぼそと、すぐ隣を歩く陰険女がいきなり怪談話を始めたのだが、なかなかどうしてそれが本格的に気味が悪い。



いつもは話しかけても二言三言しか返さないくせに、怪談の語り口はやけに流暢だ。


「そして、部屋の隅からふふ、という笑い声が……」


二人並べば肩が付きそうなくらい狭い道で、嫌でも耳に入る怪談話。

特別怖がりという訳でもない河内だったが、鳥肌が立つくらいはした。


「さて、第七話目」

「いつまで話すんだよ、いい加減にしろ」


樹季にとって、怪談話は特技の一つだ。

たとえ相手が河内でも、気分が乗ってきてしまうのだろう。

河内にとっては迷惑でしかなかったが。


河内はいい加減口を塞いでやろうかと思いかけたが、あまりにもムキになりすぎているだろうと自分の考えを振り払った。

そもそも、それならば自分が話掛けて会話にしてしまえばよかったのだろうが、進んで会話のしたい相手ではなかったのでつい話に聞き入ってしまっていた。


「六話で終わりって縁起悪くない?」

「東洋思想に六の験担ぎはねえよ」

「むしろいい数字だよね、六は」

一応会話に繋げてみるが、なにかおかしい。

どうして十代の男女が一緒にお化け屋敷に入って成す会話のテーマが東洋思想なのか。

色めいた雰囲気を作る気もないが、これは流石になにか違うだろう、と河内は低く唸った。

その唸り声に合わせるように、樹季の制服のポケットから携帯のバイブ音が響く。


「失礼」


暗い部屋の中、開かれた携帯のディスプレイが樹季の顔を照らした。下から光が当たっているので普通に怖い。


「まい……」


その怖い顔が、あからさまに歪む。

まい?

覗き見る意図は決して無かったのだが、不自然に途切れた言葉が気になってつい画面に目を向けてしまった。


「舞苑?この学校のやつか」

「いや、多分他校」


横を歩きながら忌々しそうに画面を睨む樹季に、河内は若干戸惑いながら言葉を返した。
「メール開けないのか」






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