文芸道

□振り返るな、その選択を
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昨日の河内君の話から察するに、桶川先輩は下克上の話を知らないんだろう。
まあ相手が知ってちゃあ下克上にならないから当然だが。



心配ないとは思うが、一応先輩に伝えておいた方がいいだろうか。

でも、それだと生徒会への裏切りとして取られるかも知れない。

そうすると、今度は私の無断入居に力を貸してくれた綾部の立場が危ない。


なんてこった、先輩と後輩の間で板挟みだ。




珍しく頭を悩ませながら、部室棟へと続く渡り廊下を歩く。
前方の茂みから悩みの種、桶川先輩が歩いてくるのが見えた。

下克上の話を知っているか、それだけでもそれとなく聞いてみよう、と思い、桶川先輩に声を掛けて駆け寄る。


が。


思った以上に先輩の顔が暗い。


一体どうしたのかと先輩の名を呼べば、かっと目を見開かれ、飛び退かれた。




「どいつもこいつも、この、ふしだら野郎が!!」




……もしもし?



怒っているというよりは、混乱に近い叫び方で、しかし血を吐きそうな勢いで桶川先輩は私に向かって怒鳴りつけてきた。

ていうかなんで出会い頭にふしだら認定されなきゃならんのだ。

どいつもこいつもって、他にふしだらな人物でも居たんだろうか。

とりあえず落ち着いてもらおうと手を伸ばすと、その手を避けるように更に距離を置いて飛び退かれた。

そのまま先輩は踵を返して走り去る。




ああ、以前もこんなことあったな、と思いながら、私は伸ばしかけていた手から力を抜く。
あのときのように追いかける気にはならなかったけど。




……これは、もしや、避けられているというやつだろうか。




夏休みが終わったばかりなのに、降ろした手は随分冷えていた。





***





久々に部活を休んだ。

部長には締め切りが云々と文句を言われたが、今日ばかりはどうしても部活に顔を見せる気にならなかった。




「ああ白木さん、探しましたよ」

ごん。



教室の中に、樹季が机に頭突きをする音が大きく響く。一人でいたいと思っている時に限って、どうして人は寄ってくるのだろうか。

「全く、文芸部の部室にいないから、あなたと打ち合わせをする時間が3分も短くなってしまいましたよ」

大して探してないじゃんか。

心中でツッコミを入れながら、樹季は形だけごめん、と謝っておいた。

「まあいいでしょう。それでは早速、貴女の役割についてですが」

樹季は机に突っ伏しているため見えないが、高坂がメモを捲る音が聞こえた。

「高坂君、それ、今じゃないと駄目?」

「今じゃないならいつにしますか?また予定を組み直さないと……」

「……ああうんいいわ。今でいい」

メモを捲る音が大きくなったのを聞き、樹季が顔を上げる。

「そうですか」

高坂はにっこりと笑って、早速計画の内容を話し始めた。

KYめ。








「ときに高坂君」

あらかた説明を聞き終えた樹季は、生徒会室に戻ろうとする高坂を呼び止めた。

「男の人が女の人を泣かせておいて、相手に走って立ち去られても追いかけもしない、その後顔を合わせてもまともに口をきかないってどういうことだと思う?」

「忙しかったんじゃないですか」

「……ああ、そうだね、高坂君はそうかもね……」

樹季が聞きたいのはそういう答えではないのだが、あえて人の口から聞いて消沈する必要もないので、高坂にお礼を言って帰って貰った。

「……」

ごとん、と樹季の頭が机に落ちる。

思い返すのはあの台風の次の日、桶川の手を払って走り去った日のことだ。



手を払ったのがいけなかったか。

女々しく泣いたのがいけなかったか。(あれは生理的なものだったが)

後輩の分際で怒鳴りつけたのがいけなかったか。

そのまま走り去ったのがいけなかったか。

断固として忘れ物を受け取らないのがいけなかったか。



なぜ先程桶川に避けられたのか、考えれば考えるほど出てくる心あたりに、樹季の気分が重く沈む。



昨日の河内の台詞に影響されているわけではない。

樹季自身、桶川と話すようになってから、一介の平文芸部員と、不良界で名高い番長が仲良くしているのは問題ではないだろうか、と心のどこかで考えていた。




たまたま、本当に偶然が重なって、話すようになっただけだ。
それだけで、少しずつでもいいから、歩み寄ろうと思うのは迷惑だろうか。



どういうものにせよ、トップに立つ存在は体面だとか面子だとか、気にしなければならないことがたくさんあるだろう。

歩み寄ったところで、そこから先、所詮一般人の樹季の居る場所はない。




それでも。




『向き合いたきゃ背中見てないで追いつきゃいいじゃねえか』





追いかける相手を告げずに貰った、あの言葉に甘えたい。


近付こうとする足を止めないのは狡い事だろうか。


手を払ったことを謝って、もう一度やりなおしたいというのは悪い事だろうか。



樹季は机に頭を乗せたまま、窓の外に向けていた目をそっと閉じた。







考えても詮無きことかもしれない。

間抜けにも、さっき桶川に拒絶されたことで唐突に気付いた。



今の樹季の立場は、新番長の方に付いている『敵』だ。




……敵なのだ。











久々に部活を休んだ。

久々にものを壊して、暴れたい気分だった。











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あとがき。

背中を追いかけているうちに、道を逸れてしまいました。





番長は真冬と鷹臣くんの密会(違)に行き会った後。厄日です。


ていうか夢主よ。
綾部の部屋に寝間着で居つくわ、廊下で由井に抱きつかれてるわ、校舎裏で由井に抱きつかれてるわ。
番長じゃなくても色々誤解するよ。

……大体忍者の所為じゃねーか。


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