文芸道
□東方邂逅
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もう無断入居はしないと誓って早数日。
樹季は再びあの部屋に訪れた。
他の部屋より少しだけきれいな空き部屋は、樹季が出て行った時と大きく変わっていた。
部屋を覆い尽くすように広げられている黄色の布。
「……テント?」
思わず一人で呟き、樹季は部屋の中にあってはならないその物体を見る。
丁寧にペグまで打ち込まれたそれは、目を擦ったところで消えるわけもなく、どどんと部屋の中央に鎮座したままだった。
そろそろと手を伸ばし、入り口から中を覗いてみる。
……誰もいない。
しかし、これがあるということは誰かがこの部屋を使っているということだろう。
樹季は腕組みをして、これからどうしようかと考える。
綾部の部屋は断られた。というか樹季とてあまり男子の部屋にお邪魔していらぬ噂を立てられたくない。
風も雨もやむ様子がないため、帰るのは難しい。
……が、まあ気を付ければ帰れないことは、ない。
あまり男子寮にいるのもよくないしな、と樹季は早々に帰る決断を下す。
部屋のドアを開き、玄関に向かうため、廊下に踏み出すと、ドアの前に居た人にぶつかる。
小さく謝り、その脇をすり抜けて足を進めようとした。が、がしりと腕を掴まれ、動きを止められた。絶妙に関節を押さえられているため、腕を動かすことができない。
何事か、と思い、腕を掴んだ人物を見上げると、茶髪の男子と目が合った。
「あ、」
もしかして、この部屋の主だろうかと思い、樹季が謝ろうと口を開く。
「すいませ、」
「山下、縮んだ?」
「……はい?」
怒られるかと思えば、おそらく人違いだろう、全く知らない名で呼ばれた。
一応、知り合いだっただろうかと記憶の網を手繰ってみる。
どこかで見た気はするが、どこで見たのかは思い出せない。
「舞苑、どうしたの?」
腕を掴んだ茶髪の後ろから、茶髪より長身の男子が顔を覗かせた。
たれ目が優しそうだが、どことなく幸薄そうだ。
「あの、ひ……」
人違いです、と言う前に、元の部屋に腕を掴まれたまま、ずんずんと入られる。
ちょちょちょちょ!!
「明日は早く起きるんだから早く寝ようよ」
「だから人違い……」
一応主張してみるが聞いちゃいない。
樹季の腕を掴んでいる茶髪の男はくああ、と欠伸をしながらテントの方へ向かっていく。
「! もしかして寝惚けてます!?」
はっと樹季が気付き、茶髪の肩を揺らすが、茶髪は、なに、と眠そうな声で言いながら目を擦っただけだった。