文芸道
□夏休みの食事会
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ただの女子生徒に怒鳴られても、面白がっているのか、怒る者は一人もおらず、樹季に群がっていた不良たちは笑いながら樹季から離れた。
わあわあ騒ぐ不良たちがある程度落ち着いたのを見計らって、後藤が手を叩いて皆の注意を引きつける。
「さて、皆揃ったところで、何食いに行く?」
***
本日の集まりは『白木さん赤点回避させてくれてありがとうございました会』(後藤命名)だったらしい。
それなら桶川が呼ばれた理由がまったくもって見当たらないのだが、本当にただの食事の集まりなら、嫌がる理由も無いので桶川も同伴していた。
しかし。
「じゃーテスト終了と赤点回避を祝ってー」
「そして夏休み開始を祝って!」
「んで、白木にありがとうの気持ちを持ってえ!」
「「「かんぱーい!!」」」
この居酒屋のようなノリはなんとかならないものか。
ここはファミレスであり、乾杯に掲げられているのはただのお冷やである。
注文もしていない、酒でも入っているような不良たちの大声に、店にいる客や店員が険しい視線を向けていた。
乾杯に参加していない当の本人は、ちびちびとお冷やを飲んで店中の視線に耐えている。
樹季は不良でないから冷たい視線に慣れていないだろうに、律儀に進められた真ん中の席に座って、小さくなっていた。
流石に見かねた桶川は自分の正面、通路側の席を樹季に示す。
「……おい、居辛いなら端座れよ」
「是非」
即答どころか桶川の言葉に被せるような勢いで答えが返ってきた。
樹季はお冷やを持って桶川の正面に移動してくる。
早速疲れたのか、いつもより表情が堅い。
「白木、何頼む?」
「ビフテキとスパイシーポテトと海鮮サラダとキーマカレー辛口とカルボナーラM」
「重っ!!」
「容赦ないなお前……」
呆れたような野郎どもの声を肩を竦めてやり過ごし、樹季はメニューを桶川に渡してきた。
「えらく食うんだな、腹壊すぞ」
おまけに辛い物が殆どだ。
甘党の桶川は、よくそんなものが入るものだと感心する。
「いやね、今月あと八百円でやりくりしないといけないんですよ」
「今月って、あと5日あるじゃねえか」
「まあ、通帳から下ろせないことはないですし、いざとなったら面倒見てくれそうな後輩はいますし」
涼しい顔で言う樹季の言葉に、テーブルに乗せた桶川の腕がぴくりと動く。
「……後輩?」
自分で思っていたより低い声が出た。
そのことに桶川自身が驚くが、樹季は気付かなかったのか、のんびりした調子で、はい、と頷いた。
「無愛想なくせにオカ……世話焼きの後輩がいるんですよね。ご飯作ってくれたり、このシャツ貸してくれたり。先輩も知ってますよ。……ほら、下まつげ長い子」