文芸道

□夏休みの食事会
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桶川が動いたのを目敏く目に留めた後藤が、焦ったような声を出す。



「影に行くだけだ」


「ならいいですけど、帰っちゃ駄目ですからね!絶対帰らないで下さいね!!


「あー」



後藤にはそう返したが、桶川は街の道を見渡せる位置に立ち、期を見て寮に帰る機会を伺っていた。

最近、番長としての役目を果たせ、と煩い後藤や河内のことだ。

ああも必死に引き留めるということは、飯を食いに行くだけだと言っておいて、その後、街で調子に乗っている奴を絞めにいきましょう、という流れにするつもりだろう。

気分じゃないと断っても聞きやしない。

思わず寄った眉間の間に汗が流れた。

さて、いつ抜け出すか、と桶川は寮へと続く通りの方へ目を向ける。

と、その通りからひょこりと姿を現す見慣れた顔。

コンクリートに陽炎が浮かぶ猛暑の中を、涼しい顔で悠々と歩く白木樹季は、Tシャツにハーフパンツという、いっそ清々しいほどの部屋着姿だった。

熱中症対策に被ったキャスケットが無ければ、ちょっとそこのコンビニにジュース買いに来ましたと言って通じる服装だ。

それにしても、今時の女子高生はコンビニにでももう少し気を使った格好をしてきそうなものだが。


「あ、先輩」


桶川の背が高いせいだろうか、樹季が桶川の姿を見つけるのは早かった。


「桶川先輩もいらしてたんですか」

「……も?」


偶然街中で会った相手に掛ける言葉にしてはおかしい言い回しに、桶川が怪訝な顔をする。

意味を聞こうと口を開く前に、後ろから聞こえた声に、樹季の視線は桶川から逸れた。


「あ、来た来た!白木、なんだよその恰好!」

「動きやすさ重視で来たの」

「にしたってそれはねーよ」


親しげに話しかける後藤に対し、樹季も驚いた様子無く受け答えをする。

どういうことだと首を捻りかけた桶川だったが、すぐに樹季と後藤が同じクラスだったことを思い出し、その関係かと納得する。


しかし、今の会話を聞く限りでは後藤が待っていたのは樹季だったようだが、お世辞にもガラがいいとはいえない野郎共がいるこの集まりに樹季を呼ぶのはどうなのだろうか。

後藤と桶川が良くても、他の奴らが女を引き連れて歩くことに反発しないとは限らない。


というかそもそも、当の樹季が集まっている面子にビビッているのではないか?

そう思い眉間の皺を深くした桶川の杞憂は、歓声のように聞こえた明るい声に吹き飛ばされた。



「あ――っ、白木じゃん!!」

「んだよ後藤、白木なら白木って言えよ!」

「2日ぶりだな、白木!」






「痛い、痛い」





渋い顔をされるかと思いきや。


肩や頭を叩いての大歓迎である。



「お前、いつの間に野郎共と打ち解けたんだ」

「この間のテストの時に、いた、痛い、……いい加減にせんかあ!!



もはや歓迎でなくただのちょっかいになっている肩叩きを、樹季は一喝して追い払った。



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