文芸道

□子分
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「じゃあ、失礼しました」


ちょっと高めのプリンを食し終えた樹季が桶川の部屋を出る。

それを部屋の玄関まで見送り、桶川は樹季の持つ袋を指差した。
袋を持つ樹季の指は、痙攣したように震えている。


「お前重くねえのか、それ」

「……まー、家近いですし、大丈夫です」

「そうか」

ここで、送るか?という流れにならないのは、双方、家を訪問するほど仲のいい友人がいないためである。


小学校の頃の、じゃあそろそろ帰るわバイバイ、の感覚と同じなのだ。

互いにこの流れに疑問を持っていないので問題ないと言えばないのかもしれない。




「それじゃあ」



特になにか特別な言葉を交わす訳でもなく別れる。


桶川は樹季が階段を降りていくのを確認して、部屋に入り、ドアを閉じた。






さて。






今の一連の流れを目撃していた人物が二人。






「……今の」


「まだ来てたのか、あのストーカー」


「いや、ストーカーって……白木だよ、同じクラスの」


目撃者、後藤大吉と河内智広は、広い廊下で顔を見合わせた。

黒髪の方、河内がふ、と鼻を鳴らす。


「……知ってるよ。ここ最近、桶川さんのこと付け回してたから」


運命のゲームセンターの騒動の後、つまり樹季が桶川を気にし始めて数週間ほど後のこと。



桶川について一生懸命調べまわっている樹季の存在に気付いたのは、頭脳派の河内の方だった。



念のため、と河内がナンバー3の後藤に伝えた。
それからは、他の勢力の手先ではないかと樹季のことをチェックしていた二人だったが、3日と経たないうちにその疑いは消えた。



全く他の不良と接触しようとしないのである。


むしろ、不良だとか喧嘩だとか、そういうものからできるだけ遠ざかっているような。



そんな樹季を見た上で、河内と後藤が出した結論はひとつだった。





「とうとう告白したのかなー」


「それはないだろう、振られた顔じゃ無かったから」





結論:白木樹季は桶川さんに惚れている。




……流石の頭脳派も、年頃の女が同年代の男子を追う理由が「小説書きたいから」だということには思い至らなかった。



「振られる前提かよ」


「だって、桶川さんが女くっつけて歩いてるところ、想像できるか?」


「でも、……いやうん、想像はできないけど」



引きつった笑いを浮かべ、後藤は頬を掻く。



「もしかしたら、ってあるじゃん。今もなんか友達?っぽかったし」


「ないね」



石のように硬い表情で、河内が首を振った。



樹季が桶川に惚れているという結論を出した二人だったが、そこからは意見の食い違いが生まれている。


後藤は、害が無ければ別にいいんじゃないか、つまり見守る派。

河内は、ちょろちょろと鬱陶しいので遠ざけておきたい、白木反対派。


学校のトップという立場をあまり深く考慮に入れていない後藤も後藤だが、桶川の意志という面がすこんと抜けている河内も河内だ。


他の勢力との揉め事に比べれば、樹季の件など些細なことなので、今まで二人ともあまり口にはしなかったが、今回、樹季が桶川の部屋から出てくるところを見て、流石に考えるべきか、とそれぞれ複雑な表情を作っていた。










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あとがき。

……ふと思ったんだけど番長のお花騒動の時。


「なにか最近変わったことはないか?」
「他の勢力がもう動き出してたりするのか!?」
と番長が聞いたとき、河内は喜んだと思うんですよ。

また番長としての自覚を持ってくれたのかな、とか少し希望を持ったと思うんですよ。
だからこそ新勢力の情報を話したのではないかと。



しかし番長の頭の中は文通の返事とお花。



河内不憫。



 

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