文芸道
□カラメルカラーの憂鬱・2
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じゃあ、ちょっと失礼します、と言って、樹季はするりと桶川の脇を抜け、部屋に入り込んできた。
どさりと重そうな荷物を降ろし、その横に体育座りの体勢で座り込む。
玄関先なので非常に邪魔だ。
「おい」
「後輩が眩しすぎて辛い」
「?」
「……スノウさんになりたい」
「白木?」
「あ、プリンそこの袋の中です」
「言いたいことを整理してから話せよお前」
要領を得ない樹季の話し方に、桶川は強い口調になるが、樹季は堪えた様子を見せず、肩を竦めただけだった。
「いやね、憧れてる人を真正面から見られる――はすごいなあって」
座ったまま樹季はがさがさとビニール袋を漁る。
袋の音が煩くて肝心の名前が聞こえなかった。
「憧れって普通、背中を追っかけるものだから絶対その人と向き合うことはないじゃないですか?」
でもあの後輩は真正面から憧れる人を見て、一緒の道を歩いてるんですよ、と樹季はどこか不貞腐れたような口調で呟く。
「……あのなあ」
座り込んでいる樹季を見下ろしながら、桶川は頭を掻いた。
「向き合いたきゃ背中見てないで追いつきゃいいじゃねえか」
樹季の言い方だと、憧れは互いが離れていないと成立しないようではないか。
桶川はそうは思わない。
隣に立とうが、正面に立とうが、本人が憧れているといえばそれで通るものではないか、と思う。
「……追いついて、真正面に立つことは、許して貰えますかね」
「それは本人に聞け」
「先輩、私も一緒にプリン食べて帰っていいですか」
「おいこら」
ちょくちょくプリンの方へ話を持っていく樹季の頭を軽く小突く。
むすっとした顔で、樹季は桶川を見た。
「先輩は簡単に言ってくれますけどね、私にはこれが精いっぱいなんですよ」
そう言って立ち上がり、樹季はテーブルの方へ歩いて行った。
手にはプリンのカップが二つ。
勝手に食べていくつもりらしい。
「追いつくったって、私喧嘩なんてできないし、不良になる気もないし。じゃあプリン食べるしかないでしょう」
「なんでだよ」
「……先輩って時々ものすごく鈍いですよね」
呆れたような表情で、樹季はプリンの包みを剥がす。
イラッとしないでもなかったが、樹季に悪意は無かったようなので、握った拳は治めた。
「先輩も早く」
人の部屋の椅子をぽんぽんと叩き、樹季は桶川を呼ぶ。
封を開けたカラメルの香りが漂ってきた。
「ここのお店の美味しいんですよ」
糖分が入ったためか、樹季の調子はいつものものに戻っていた。