文芸道
□スノウの正体・2
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「……と、いうわけで、私はスノウさんではないです。スケコマシでもないです」
ひとしきり笑って落ち着いた樹季は、由井についてのことも、文通相手の人違いのことも洗いざらい話し終えた。
ちなみに、スノウの正体については、互いに気付くまで黙っておくことにしたらしく、樹季は真冬の名前は出さなかった。
「そうか」
納得した桶川がほっとした顔で頷く。
樹季がスノウでないことにほっとしたのか、樹季が眼鏡の男とふしだらな関係でないことにほっとしたのかは分からないが、とにかく軽くなった気分で、樹季の背中を叩く。
「それならそうと早く言えよ、焦ったじゃねえか」
「先輩が人の話を聞かないからじゃないですか」
桶川の顔から視線を反らすように横を見ながら樹季は答える。
「おいてめえなんで目を合わさねえ」
「今先輩を直視したらまた笑います」
表情こそいつもの落ち着いたものに戻っているが、その実まだ笑いをこらえるのに必死らしい。
樹季は、ふすっ、と息を漏らしながら学校の方へ体を向けた。
「早く帰らないと、先輩も門限でしょう?寮長に怒られちゃいますよ」
笑ったことでハイになったのか、いつもより口数の多い樹季は、数学のノートを片手に校舎の方へ引き返す。
その背中に、桶川はふと浮かんだ疑問を投げかけた。
「そういえばお前、なんで俺が『イチゴラブ』だって知ってたんだ?」
「……」
樹季が早足になった。
大股で追いかけ、桶川は樹季の頭を掴む。
力は入れていないが、いつぞやのアイアンクローを彷彿とさせたのか、樹季の足が止まった。
諦めたような息が樹季の口から出た。
「……怒りません?」
怒るようなことをして知ったのか?と桶川は訝しむが、ここでそれを追及したら樹季が口を閉じてしまいそうだったので、黙って頷く。
「あのハト、先月あたりからですかね、手紙を届ける途中で私のところに遊びにくるようになったんですよ」
「……それで」
「まあ、あんな個性的なペンネームだと気にならざるを得ないと言いますか」
「で」
「……開けちゃいました」
桶川の手に力が籠る。
「いだだだだ、だってだって!気になるじゃないですか、緑ヶ丘の番長がハト飼ってて、あんな可愛い丸文字で手紙書いてたら!そりゃ好奇心を捨てるほうが無理、痛い痛い痛い!ギブギブ!」
「ってことは俺がトリ吉の飼い主だって知ったうえで開けたのかよ!人のプライバシー勝手に漁ってんじゃねえ!」
「伝書鳩でやりとりしてる時点でプライバシーもなにもないですよ!読まれたくないなら普通に郵便使えばいいじゃないですか、それも漁るけど!!」
「漁るのかよ!!」
ぎゃあぎゃあと、普段接点の無い二人が、一緒になって騒ぐ姿は珍しい物だったが、それは二人が騒ぎあえるほどに近くなったということで。
怒りと羞恥で顔を赤くしながら、桶川はどこかで安堵してもいた。
桶川を緑ヶ丘の番長だと知り、手紙の内容や桶川の趣味を知ったうえで屈託なく話しかけてくれる存在は貴重だと、桶川も分かっていた。
それが女で、年下で、少し変な奴だとしても、自分を受け入れてくれる存在は、素直に嬉しい。
どこかから湧いてくる気恥ずかしさを振り払うように、桶川は樹季の背をばしんと叩いた。
ところで。
桶川は気付かずスルーしてしまっていたが、どうして樹季は桶川が『スノウ』でなく『イチゴラブ』のほうだと分かっていたのか。
それは、桶川の誕生日が5月15日だったり、桶川の一日の行動と照らし合わせて、一致したのが『イチゴラブ』の手紙の方だったことからの判断だったのだが、問題はそこではない。
なぜ樹季が桶川の誕生日や桶川の一日の行動を知っているのか。
よく考えるとうすら怖い。
……気付かない方がいいことも、ある。
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あとがき。
真冬命名→ジョセフィーヌ
番長命名→トリ吉
夢主命名→アルノー(シートン動物記より)
でも以後夢主は番長に合わせてトリ吉って呼ぶと思う。
しかし女名だったり男名だったり洋名だったり和名だったり忙しいなあのハト。