文芸道
□誤解を解きましょう
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突然叫び声を上げた桶川に驚き、樹季が半身を反らした。
「先輩?」
呼びかけてみるも、桶川はそれには答えず、突然踵を返し、樹季から逃げるように走り出す。
桶川を追って、樹季の手が伸びる……
……までもなく、桶川が裏庭に転がっていたボールを踏んづけて豪快に転んだ。
「先ぱあああああああい!?」
ガンッと裏庭中に響く打撲音。
思わず桶川に駆け寄った樹季は、わたわたと腕を動かしてから、とりあえず頭を押さえて倒れている桶川の横に膝を付き、裏庭を見渡した。
「大丈夫ですか!?なんでこんなところに軟球が!?」
よく見れば、軟球は裏庭中に転がっている。
が、今はそれを追及している暇はない。
出血確認をしようと樹季は桶川の頭に触れる。
その際、頭を押さえていた桶川本人の手に指先が触れた。
「うわああああああああああああああ!?」
びゃんっと飛び上がるようにして桶川が身を起こし、腹の底から叫んだ。
「痛かったですか!?すいません!もう触りません!」
後ずさりをしながら謝り倒す樹季に、桶川は息を切らしながら首を振った。
「ちが……いい、痛いわけじゃねえ」
どう見ても怯えてしまっている樹季に手を振り、桶川はなるべく刺激しないよう、落ち着いた声を出した。
まるで小動物を扱うが如しである。
「その……お前、小説を書いてるってのは……」
「あ、申し遅れました、私文芸部に所属しております白木樹季です」
一緒の部屋でDVDを見て、一緒にお茶会をして尚自己紹介さえしていなかったのも変な話だが、互いにこれから深く関わることはないだろうと思っていたので、仕方のないことではある。
「……白木?」
ぼそりと桶川が呟く。
「はい、あの、ですから件の小説はあくまで部活動の一環の作品でですね、決して商業活動に使っているわけでは」
眉を顰めた桶川の表情を、どう解釈したのかは分からないが、必死に何かの弁解をする樹季。
焦って瞬きばかりしている樹季の顔を、桶川はまじまじと見つめた。
顔も苗字も、興味が無かったのでよく覚えていないが、下まつげの男とは似ていないように見えるし、そもそもあの下まつげは一年だった。
一年が緑ヶ丘学園の生徒を妹に持っているというのは、ありえなくはないが、考えにくい。
それでも、寝巻姿で訪ねていたということは。
「お前ッ、」
桶川の中にある疑念が浮かぶ。
樹季にとっても綾部にとっても大変不名誉な疑念だが、端から見れば「そう」としか思えなかった。
落ち着きかけていた顔の赤みを取り戻し、桶川が身を引きかける。
「――安心してください」
しかし、身を反らした桶川の手を取り、小説のことしか考えていない樹季はこう言った。
「先輩にご迷惑は掛けません。先輩の名に傷がつくようなことがあれば、責任は私が取ります」
※訳・モデル小説によるプライバシーの侵害がないよう気をつけます。
握った手に力が籠る。
「――私を、信じてください」