文芸道
□誤解を解きましょう
2ページ/4ページ
さて、昨日の会話。
先輩との会話自体は少なかった。
顔を合わせていた時間も数分ほど。
先輩の気に障るようなことはしていないはずだ。
可能性としては、ひよこ頭が部誌の事を先輩にばらした、というのが一番有力だろうか。
胃が痛くなってきた。
***
「私をお探しだと伺ったのですが」
放課後に裏庭あたりを探してみると、目的の人物、桶川恭太郎に鉢合わせしてしまった。
そういえば、樹季から桶川に話しかけるのは初めてだ。
ここ最近桶川と交流して、樹季は桶川の素の姿を知ったものの、樹季の中でイメージされている桶川は、未だに『番長』だった。
意外とフレンドリーな面もあるのは分かっているが、その素の表情が自分に向けられることはないだろう。
そう思っていた樹季だったが、予想に反して、桶川は樹季を見ると、ほんの少し照れくさそうに唸りながら歩み寄ってきた。
『番長』は自分に何の用だろうか。様子を見る限り、怒っているわけではなさそうだ。
「昨日のことなんだが……急にああいうのは、どうかと……」
「やっぱり、気持ち悪いですか?」
勿論、小説のモデルの件の話である。
「き、気持ち悪いとまでは思ってないけどよ、急に言われても、その、分かるだろ!?」
こちらは、好きな奴云々の話である。
互いに会話の意味が噛み合っていないのに、会話自体は成り立ってしまっているのが厄介だ。
「急じゃありません。私はずっと、先輩のことを見てきました」
無口で、めったに自分から人に話を振ることが無い樹季だが、文字通り命を懸けている文芸のことになると話は別だ。
樹季は文芸のことになると、文芸部員よりも部長よりも、誰よりも熱い。
根っからの文芸馬鹿なのだ。
「……ゲームセンターで先輩が喧嘩してるのを見た時から、この人しかいないと、思ったんです。この人が、先輩がいいと、思ったんです」
樹季が文芸に掛けている熱い思いを吐き出せば吐き出すほど、桶川の挙動がぎこちなくなっていく。
たまらず、桶川は樹季に待ったをかけようと樹季に手を伸ばした。
「ちょ、ちょっと待て、」
が、樹季の一言で伸ばした手は止まる。
「――小説の、モデルに」
「……は?」
桶川が思いっきり素っ頓狂な声を上げたというのに、樹季は語りに熱中して気付く様子はない。
「失礼は承知です。でもどうしても書きたい気持ちが抑えられなくて」
それは、つまり。
「……ッ」
勘違いに気付いた桶川の顔がさあっと赤くなる。
その場に流れる空気が、恥ずかしいような、気まずいようなものへと変わるが、それを感じているのは桶川だけだった。
あれ、先輩どうしました?と顔を覗きこんでくる樹季が、桶川にはぼやけて見えた。
「だああああああああああああ!!」