文芸道

□誤解を解きましょう
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さて、昨日の会話。

先輩との会話自体は少なかった。
顔を合わせていた時間も数分ほど。
先輩の気に障るようなことはしていないはずだ。



可能性としては、ひよこ頭が部誌の事を先輩にばらした、というのが一番有力だろうか。




胃が痛くなってきた。





***





「私をお探しだと伺ったのですが」

放課後に裏庭あたりを探してみると、目的の人物、桶川恭太郎に鉢合わせしてしまった。


そういえば、樹季から桶川に話しかけるのは初めてだ。



ここ最近桶川と交流して、樹季は桶川の素の姿を知ったものの、樹季の中でイメージされている桶川は、未だに『番長』だった。


意外とフレンドリーな面もあるのは分かっているが、その素の表情が自分に向けられることはないだろう。
そう思っていた樹季だったが、予想に反して、桶川は樹季を見ると、ほんの少し照れくさそうに唸りながら歩み寄ってきた。


『番長』は自分に何の用だろうか。様子を見る限り、怒っているわけではなさそうだ。




「昨日のことなんだが……急にああいうのは、どうかと……」






「やっぱり、気持ち悪いですか?」


勿論、小説のモデルの件の話である。






「き、気持ち悪いとまでは思ってないけどよ、急に言われても、その、分かるだろ!?」


こちらは、好きな奴云々の話である。





互いに会話の意味が噛み合っていないのに、会話自体は成り立ってしまっているのが厄介だ。






「急じゃありません。私はずっと、先輩のことを見てきました」

無口で、めったに自分から人に話を振ることが無い樹季だが、文字通り命を懸けている文芸のことになると話は別だ。

樹季は文芸のことになると、文芸部員よりも部長よりも、誰よりも熱い。
根っからの文芸馬鹿なのだ。





「……ゲームセンターで先輩が喧嘩してるのを見た時から、この人しかいないと、思ったんです。この人が、先輩がいいと、思ったんです」


樹季が文芸に掛けている熱い思いを吐き出せば吐き出すほど、桶川の挙動がぎこちなくなっていく。

たまらず、桶川は樹季に待ったをかけようと樹季に手を伸ばした。




「ちょ、ちょっと待て、」



が、樹季の一言で伸ばした手は止まる。


「――小説の、モデルに」

「……は?」



桶川が思いっきり素っ頓狂な声を上げたというのに、樹季は語りに熱中して気付く様子はない。

「失礼は承知です。でもどうしても書きたい気持ちが抑えられなくて」


それは、つまり。


「……ッ」



勘違いに気付いた桶川の顔がさあっと赤くなる。



その場に流れる空気が、恥ずかしいような、気まずいようなものへと変わるが、それを感じているのは桶川だけだった。



あれ、先輩どうしました?と顔を覗きこんでくる樹季が、桶川にはぼやけて見えた。









「だああああああああああああ!!」



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