文芸道
□登校日
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「少し、お話できませんか」
その手には、しっかりとネタ帳が握られていた。
***
そんなわけで、昼休みのお茶に同席することになったものだから、樹季は桶川、早坂と顔を合わせることになった。
まさか同席する二人が桶川と早坂だと思っていなかった樹季は、そっとネタ帳をポケットに仕舞う。
黒崎真冬からネタになりそうなことを聞きだす計画は失敗だ。
失敗だが、今更引き返すのもおかしいので、樹季は真冬の正面、桶川と早坂の間に座り、一緒にクッキーを囲む。
桶川が真冬の頭の上に乗っている城に視線を向けた。
「お前、どうしたそれ」
「あ、これですか?ちょっと週末にアバンチュールな場所に行っておりまして」
「恋の火遊び(アバンチュール)!?」
「このお城あげましょうか?」
二人の会話を聞きながら、樹季は夕べも食べたクッキーを口に運んだ。
こうして相手から見える位置から桶川を見ているのは地味に緊張する。
「これなんだ?似顔絵?」
「!!」
「痛っ、おい、黒崎!?」
普通のクッキーの中に紛れていた、気持ち悪い似顔絵クッキーを、鬼気迫る顔で食べている真冬のことを、キラキラした表情で見ている桶川恭太郎は、やはり最初に見た時のイメージとは違っていた。
幻滅した、という意味ではない。
ただ少し、意外だな、と思っただけで。
そりゃまあ、驚きが少なかったわけではないけれど、この前一緒にDVDを見ていた時や、真冬を見て顔を輝かせている彼も、嫌いではないのだ。
できれば、他にどんな表情を見せるのか見てみたい。
できれば、どういうときにどんな反応をするのか確かめたい。
「……」
子供が動物にちょっかいを掛けて反応を楽しむときはこんな気持ちなんだろうな。
それにしてもあのクッキーなんなんだろう、と樹季は普通の方のクッキーを齧る。
その内、桶川から目を離さない樹季に気付いた早坂が遠慮がちに樹季に話しかけてきた。
「……もしかしてお前が言ってた(尊敬的な意味で)好きな奴って、桶川か?」
「「!?」」
字面だけなら衝撃的な爆弾投下に、会話していた真冬と桶川は揃って早坂の方を見る。
樹季も振り返ったが、樹季は昨晩の会話から、早坂の言わんとしている事を正しく読み取っていたので、二人よりもゆったりとした動作だった。
「そうですよ。っていうか、(私が作者だってこと)気付いたんですね」
「いや、あの口ぶりは暴露したも同然だろ……」
「黙ってて下さいね、(部誌のことが)ばれると恥ずかしいので」
いや、今暴露したよ!?とカッコの中を察することができない黒崎真冬と、話題の中心人物、桶川恭太郎が心の中でツッコミを入れる。
周りの空気が若干変わったことに気付かない樹季は、手元にあるクッキーの乗せられていた紙に目をやった。
「あ、クッキー無くなった。じゃあ私、そろそろお暇しますね」
いつもの樹季なら、これはいい機会と昼休みいっぱいまで三人と会話していただろう。
しかし、今日はあいにくと災害後の手続き作業で忙しい。
「ごちそうさまでした。黒崎さん、また会ったらよろしく」
真冬と桶川の動揺を拾わないまま、樹季は、軽く一礼してその場を後にした。
ちょっとした齟齬から、大きな誤解が生まれたことに気付かないまま。
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あとがき。
真冬が思いのほか動かしやすい。
どれだけ懐かせても違和感がないからだろうか。
つか第二弾ドラマCD……!
ドラマCD…………!!
全国のお嬢様方を憤死させる気か……!
男性陣+夏男の破壊力たるやもう。