文芸道
□初めましてな人達(ヤンキー)
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樹季は不良でもなければ、際立って優等生という訳でもない、どちらかというと、普段は大人しいタイプの、穏やかな生徒だ。
「まあ窓ではハトがやかましいわドアではひよこ頭が煩わしいわ……明日締め切りなんですよいい加減にしやがってくださいよ鳥頭共」
もう一度言おう、普段は、穏やかだ。
が、締め切りが近い日は別である。
隠れて過ごしているストレスも加わって、一時的に辛辣な言葉遣いになっているだけなのだが、普段の樹季を学年の違う早坂が知る由もない。
正体不明の女生徒にクマの浮かんだ目で睨まれ、早坂がびくっと肩を跳ねさせる。
「私がここに居ること……他言しないでくださいね?」
「はいぃ……っ……!!」
あまりの気迫に、早坂の喉の奥から引きつったような声が出た。
それで樹季は満足したらしく、早坂の服から手を離す。
「ところで、甘いもの、もってません?」
次は何を言われるかと身構えていた早坂だったが、樹季が口にしたのは意外な言葉だった。
「え?」
「甘いもの。糖分。飴とかでいいんで」
ずっとパソコンに齧りついてて疲れたんです、と、先程の気迫を微塵も感じさせない声音で、樹季は早坂に手の平を向けた。
あるならくれ、ということだろう。
「へ、部屋になら……」
昼間、『真布湯』なる最恐番長を探しにきた、舞苑という男から貰ったクッキーの存在を思い出し、早坂はこくこくと頷いた。
「ください」
言葉だけならお願いの台詞なのに、口調が命令系だ。
明日黒崎にやる予定なんだけどな……という言葉を飲み込み、早坂はクッキーを取りに自室へ戻った。
***
薄暗い部屋の中。
糖分を取って落ち着いたのか、先程より表情の柔らかくなった樹季は、ノートパソコンを膝に乗せて何かをひたすらに打ち込んでいる。
クッキーは二、三枚食べたら返して貰えた。
黒崎と食べる分が無くならなくて良かった、と思いつつ、樹季の横で正座をしている早坂は、帰るタイミングを逃してしまったので、気まずい空気の中、ただひたすら滑らかにキーを叩く樹季の指を見ていた。
「あの……それ、何してるんだ……?」
「靴箱の横に、二週間ごとに文芸部の部誌が置いてあるでしょ。それ書いてるんです」
「あ、知ってる。面白いよな!特にこの間始まった連載のやつ!」
樹季の指が止まった。
カタカタと響いていた音がいきなり止み、早坂はなにかまずいことを言ってしまったか、と樹季の顔色を伺う。
目が合った。
「あ……あの、なに、なにか気に障ることでも……」
「面白かったですか?」
「え……うん、なんか、不良を書いてる作品って珍しかったし……主人公かっこよかったし……え、もしかしてお前があれ書いてるのかよ!?」
「どうでしょう」
まるで有名人にでも出くわしたような反応をする早坂に、樹季は言葉を濁す。
くすり、と笑う気配がしたが、暗くてよく分からない。
だが、部屋の中の雰囲気がさっきよりも穏やかになったのを感じた。
「ああいう感じの主人公、読み手から見てどうです?」
「いい、と思う。俺、すげえ憧れてて、大好きな人がいるんだけど……その人をちょっと思い出して。いや、別にあの主人公とその人が似てるってわけじゃないんだけど、どうしてかな」
くすくす、と今度は笑う声がはっきり聞こえた。
「それ多分、書き手が主人公に対して思っている気持ちが、君と同じだからですよ」
「同じ?」
「憧れとか、憧憬とか。伝わってくれるものですねえ」
そう言って、樹季はキーを打つ作業に戻る。
タイピングの音が、心なしか楽しげに聞こえた。
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あとがき。
番長の文通テンションは前もって知ってた夢主。
それでもなおネコマタさんの趣味はちょっと理解し難かった。(発見参照)
早坂君が言ってる大好きな人ってのはウサちゃんマン。
この時点での夢主の番長に対しての気持ちは、対ウサちゃんマンの時の早坂君のテンションに近い感じ。
早坂君と違って表には出ないけど。