文芸道

□初めましてな人達(ヤンキー)
2ページ/2ページ



樹季は不良でもなければ、際立って優等生という訳でもない、どちらかというと、普段は大人しいタイプの、穏やかな生徒だ。

「まあ窓ではハトがやかましいわドアではひよこ頭が煩わしいわ……明日締め切りなんですよいい加減にしやがってくださいよ鳥頭共」



もう一度言おう、普段は、穏やかだ。

が、締め切りが近い日は別である。



隠れて過ごしているストレスも加わって、一時的に辛辣な言葉遣いになっているだけなのだが、普段の樹季を学年の違う早坂が知る由もない。


正体不明の女生徒にクマの浮かんだ目で睨まれ、早坂がびくっと肩を跳ねさせる。



「私がここに居ること……他言しないでくださいね?」

「はいぃ……っ……!!」



あまりの気迫に、早坂の喉の奥から引きつったような声が出た。

それで樹季は満足したらしく、早坂の服から手を離す。





「ところで、甘いもの、もってません?」

次は何を言われるかと身構えていた早坂だったが、樹季が口にしたのは意外な言葉だった。


「え?」

「甘いもの。糖分。飴とかでいいんで」


ずっとパソコンに齧りついてて疲れたんです、と、先程の気迫を微塵も感じさせない声音で、樹季は早坂に手の平を向けた。

あるならくれ、ということだろう。


「へ、部屋になら……」


昼間、『真布湯』なる最恐番長を探しにきた、舞苑という男から貰ったクッキーの存在を思い出し、早坂はこくこくと頷いた。



「ください」


言葉だけならお願いの台詞なのに、口調が命令系だ。



明日黒崎にやる予定なんだけどな……という言葉を飲み込み、早坂はクッキーを取りに自室へ戻った。





***





薄暗い部屋の中。


糖分を取って落ち着いたのか、先程より表情の柔らかくなった樹季は、ノートパソコンを膝に乗せて何かをひたすらに打ち込んでいる。



クッキーは二、三枚食べたら返して貰えた。
黒崎と食べる分が無くならなくて良かった、と思いつつ、樹季の横で正座をしている早坂は、帰るタイミングを逃してしまったので、気まずい空気の中、ただひたすら滑らかにキーを叩く樹季の指を見ていた。



「あの……それ、何してるんだ……?」

「靴箱の横に、二週間ごとに文芸部の部誌が置いてあるでしょ。それ書いてるんです」

「あ、知ってる。面白いよな!特にこの間始まった連載のやつ!」





樹季の指が止まった。





カタカタと響いていた音がいきなり止み、早坂はなにかまずいことを言ってしまったか、と樹季の顔色を伺う。




目が合った。




「あ……あの、なに、なにか気に障ることでも……」

「面白かったですか?」

「え……うん、なんか、不良を書いてる作品って珍しかったし……主人公かっこよかったし……え、もしかしてお前があれ書いてるのかよ!?」




「どうでしょう」


まるで有名人にでも出くわしたような反応をする早坂に、樹季は言葉を濁す。

くすり、と笑う気配がしたが、暗くてよく分からない。

だが、部屋の中の雰囲気がさっきよりも穏やかになったのを感じた。




「ああいう感じの主人公、読み手から見てどうです?」

「いい、と思う。俺、すげえ憧れてて、大好きな人がいるんだけど……その人をちょっと思い出して。いや、別にあの主人公とその人が似てるってわけじゃないんだけど、どうしてかな」




くすくす、と今度は笑う声がはっきり聞こえた。



「それ多分、書き手が主人公に対して思っている気持ちが、君と同じだからですよ」

「同じ?」

「憧れとか、憧憬とか。伝わってくれるものですねえ」



そう言って、樹季はキーを打つ作業に戻る。



タイピングの音が、心なしか楽しげに聞こえた。










----------
あとがき。

番長の文通テンションは前もって知ってた夢主。
それでもなおネコマタさんの趣味はちょっと理解し難かった。(発見参照)



早坂君が言ってる大好きな人ってのはウサちゃんマン。

この時点での夢主の番長に対しての気持ちは、対ウサちゃんマンの時の早坂君のテンションに近い感じ。
早坂君と違って表には出ないけど。


前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ