文芸道

□初めましてな人達(忍者)
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いや、お前が誰だ。


無断入居とはいえ、私がそう突っ込みたくなったのは仕方のない事だと思う。




ここは二階なので窓の外はベランダだ。
眼鏡君は器用に外側の雨どいを伝ってベランダに登ってきたようだった。忍者かお前は。



こちらとしても問いかけたいことは沢山あったのだが、私も大概寝惚けていたらしい。



どうみても不審者の眼鏡に私の喉が出した音は、おはようございます、という当たり障りのない朝の挨拶だった。





***





その後、少しだけ社交辞令的な挨拶をして、眼鏡忍者、もとい由井忍はするりと樹季の借りている部屋に入ってきた。



樹季は特に抵抗はしなかったが、一応すぐ逃げ出せるように、さりげなく机の上に置いていたUSBとネタ帳を握ってドアの近くに寄る。



逃走経路を確保している樹季の耳に、由井の小さな呟きが届く。

「……納豆」



見れば、由井の視線は机に置かれている朝食に注がれている。


「この魚の焼き具合……米の炊き方……バランスのとれた味噌汁の具……完璧だな」



すう、と一度だけ深呼吸をした樹季は、一歩踏み出して由井が持っている鞄についた定期入れに目を凝らした。
定期入れには、定期ではなく学生証が表になって挟まれている。

学生証に書かれている名前と、目の前の人物が緑ヶ丘の生徒であることを確認。



部外者じゃないならいいか、と樹季はいくらか肩の力を抜く。

「……よければ、食べる?」





***





朝食を食べ終えるなり、由井は樹季に尋問を始めた。






「この部屋は男子寮の、空き部屋のはずだが、何故お前が居る?」

「火事で家が燃えた、行く当てがない、只今学校の支援申請受付日待ち、以上」


邪な思いは一切ありません、そう樹季は淡々と答えた。




「ちなみに泊めてくれる友人の当てもない」




物悲しい暴露に由井が沈黙する。


正しくは携帯を無くしたため数少ない友人の連絡先が分からない、のだが、その辺りを伏せられた由井は樹季に憐みの表情を向けた。





男子寮への女子立ち入りは校則違反だが、さてどうするか。

由井が思案していると、丁度、朝食を食べそこなった樹季の腹の虫が鳴いた。


由井の目が、先程平らげた朝食の乗っていた皿を見、その隣に置いてあるノートパソコンを見る。



備え付けのベットとその上に置いてある数着の着替え以外、家具も電化製品も、歯ブラシやコップといった日用品でさえも全く何も置いてない部屋をぐるりと見渡して、腕組み。

この殺風景すぎる部屋を見る限り、急遽ここに居着いたというのはおそらく嘘ではない。



しかし、ノートパソコンや着替え、食事が置いてあるということはこの寮に住む人物の中で、誰かが樹季が部屋に居座る手引きをしたということで。

本来なら、手引きした人物共々寮長に絞って貰わなければいけないのだが。






……まあしかし、この朝食は美味かった。





「……納豆の恩だ」


そう言い残し、由井は自称・忍術で姿を消す。

布を被っただけだが。




「今回は見逃そう」





「……どうも」







背景と柄の合っていない布の塊(IN由井)がすすすすす、と窓の方に移動し、窓から飛び出して退散するのを怪訝な顔で見送ってから、樹季は黙って窓を閉めた。







…………。







生徒会長に「焼き魚の匂いがするね。朝、食べてきたの?」
と尋ねられた由井が馬鹿正直に樹季の事を話すのは、樹季が窓を閉めた数分後のことである。










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あとがき。

忍者は間抜けな点を除けばなかなかできる男だと思うわけですよ。

なんだかんだ言って真冬とタメ張ってるし、綾部の気配も察知できるほど鋭いし。
情報の真偽を見極める目もあるし。

あとイケメン。地味にイケメン。
眼鏡外したイラスト見たときは「誰このイケメン」と素で呟きました。



そしてきっとこんなに納豆に拘るキャラじゃない。絶対ない。


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