文芸道
□7月のある日・4
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ガラスに両手を付き、輝く瞳で中を覗く樹季の姿は、まるで初めて動物園に連れられてきた幼い子供のようだった。
ぞくぞくと、恐怖ではない震えが樹季を支配する。
――書きたい。
――この感覚を、自分の手で練り直して作品にしたい。
物書きの性だろうか、樹季の中に湧き上がった熱い感覚は、すぐに創作意欲へと変換される。
しばらくの間、瞬きも忘れて見入っていた樹季だったが、かさ、と手の中にあるクレープの包みが音を立てて、やっと我に還った。
街中で食い入るようにゲームセンターを覗いている制服姿は目立つ。
慌ててガラスから身を引いた瞬間、ゲームセンターの自動ドアが開き、勢いよく二つの影が飛び出してくる。
一人は、今まで樹季が目を奪われていた人物、桶川恭太郎。
もう一人、その桶川を引っ張って走り出す少女。
二人は目にも止まらぬ速さで通りを駆けてゆき、あっという間に見えなくなってしまった。
***
樹季が目を覚ますと、もうすっかり日が高くなっていた。
綾部の姿は部屋の中に無く、ただ机の上に、起きたら食え、と素っ気なく書かれたメモと、おにぎりが二つ皿に乗せて置かれていた。
目を擦り、樹季は綾部が掛けて行ったらしいタオルケットをのろのろと畳む。
勝手に冷蔵庫から麦茶を拝借して、おにぎりと一緒に有難く頂くことにする。
おにぎりを頬張りながら、樹季はぼんやりと久々に見た夢の内容を反芻した。
初めて桶川を目にした時のあの感覚は、今でもはっきり思い出せる。
自分よりはるかに大きな存在を目にした時の感動は、あえて言えば広大な自然を目にした時に圧倒される感覚に近いかもしれない。
――あ、おにぎり美味しい。
感動している割にはもっさもっさとおにぎりを食し続けている樹季は、だらしなく足を畳に投げ出しながら、まずいなあ、と呟いた。
おにぎりが不味いわけではない。
状況がまずい。