文芸道

□7月のある日・4
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「マッチョの癖に、愛読書が月刊少女ロマンスの『恋しよっ』の部長は男らしさ女らしさを語る資格は無いと思います」


頑なに意見を変えようとしない部長に、樹季が渇いた声で言えば、部長は持っていたジュースの缶をぐしゃりと潰した。



「……おおおおお、おま、お前、なんで知って」

「単行本を鞄に忍ばせて学校来るのやめたほうがいいですよ」

「わああああああああああああああああああああああ!!」


部長が羞恥の雄叫びを上げている内に、樹季は自分の鞄を掴み、部室から出る。

部長の声で窓ガラスが震えていた。




本当にやかましい部活だ、と樹季は思いながら小走りで部室棟の廊下を抜ける。



かくいう彼女も立派にやかましい一人なのだが。





***





ぶらぶらと帰路に着く樹季の手には買い食いしたクレープ。

もそもそとクレープを頬張りながら、樹季は軽く頭を振った。


徹夜明けはやはりきつい。何かを食べていないと、歩きながらでも眠ってしまいそうだ。



最後のひと口を口に押し込んで、足を進めていた時だった。



ゴンッ!!

「!?」



すぐ近くから聞こえてきた音に思わず樹季が横を向くと、ゲームセンターの店内で、ガラスに人が凭れ掛かるようにして背を預け、座り込んでいた。


眠いのも忘れ、ガラス越しに、気絶しているらしい人物に歩み寄ってみる。

こちらに背を向けているので誰かは分からないが、なんとなーく緑ヶ丘の生徒の人ではないかと思った。



ドンッ
「うわ」



ガラス越しだというのに響いてきた、何かを殴る音。


ゲームセンターの中のゲーム音に混じって、悲鳴と怒鳴り声が聞こえてくる。

「お、」
喧噪の中心にいる人物は、緑ヶ丘の番長、桶川恭太郎だった。
……いや、正しくは元・番長なのだが、数日前に起こった風紀部と番長の衝突事件をこの時知らなかった樹季は、まだ桶川が番長だと思っていた。






「おおおお……!」







樹季が桶川を見て、初めて抱いた感情は、恐怖ではなく、憧憬だった。





たったひとりで、大勢の相手を薙ぎ倒す絶対的な強さ。

睨むだけで対峙した相手を委縮させる鋭い気迫。




倒した相手を振り返ることなく、向かってくる獲物だけを狩るような動きは、離れて見ている者をも圧倒する。





時折、その喉から発される獣の唸り声のような音に、肌が粟立った。



遠目からでも分かる瞳の鋭さに、全身が震えた。



獲物を捕らえた瞬間に浮かべる笑みに、冷たい汗を流した。





それでもなお、樹季は食い入るように桶川恭太郎を見つめていた。






すごい。





すごい。





すごい!!



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