文芸道

□ほんとうにこれでよかったの?
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樹季の白い手に握られている看板がかたかたと震え、滑り落ち、落下し――樹季の中で、何かが切れた瞬間を示した。


「……ぎる」


ぽつり、と樹季が言う。


「裏切る!!」

「は!?」

「河内君も生徒会も知らない!綾部のことは……なんとかする!」


一瞬、河内が腕の力を弱めた隙に、樹季は看板を拾い上げた。



教師が来るとは思えない、文化祭の活動エリアから離れた場所だ。樹季の声が大きくても、誰が様子を見に来ることもない。

樹季はその廊下で、やはり看板を木刀のように持つ。河内の背の高さでは樹季の顔は俯き気味に映ってしまい、樹季がどんな表情をしているかは分からなかった。


だが、樹季のただならぬ様子から、樹季が何をしようとしているかは何となく分かった。



「おい、お前が行ったって敵う訳ないだろ!」

「だから看板持った!」

「やっぱり鈍器にするつもりか!やめろ、却って危ない」


通常、樹季のような一般女子が何か行動を起こしても、不良が相手にする事はない。ただし武器を持っているなら例外だ。一般女子でも、武器を持って向かってくるならば、不良も応戦しないわけにはいかないのだ。最悪の場合、逆に武器を奪われて返り討ちに会う可能性だってある。


それに、樹季は喧嘩のやり方を知らない。喧嘩慣れしている不良が行っている、『喧嘩』に留める手加減の仕方を知らないのだ。下手に武器を振り回していたら、相手に洒落にならない怪我を負わせてしまった話は、実は不良よりも樹季の様な一般生徒に多い。

普段の樹季ならそのことに思い至らない筈がないのに、動揺のためか、今はそこまで頭が回っていないようだ。


「……仕方ない、俺が行く」


尚も走り出そうとしていた樹季の肩を掴んで止め、河内は渋々そう切り出した。


「取引の件があるからな、お前に怪我して貰っちゃ困る。一般生徒に絡んでる奴を止めてくるから、お前は絶っっ対ここを動くなよ」


さっき追われていた早坂という男は見失ってしまったが、今からでも見回れば他の奴に絡んでいる不良は止められるだろう。

河内は樹季の肩を離し、樹季を残してその場を後にした。なるべく不良の居そうな、人通りの無い廊下に向かって走る。

だが、河内は失念していた。

動揺の冷めやらぬ樹季を一人残すべきではなかったのだ。

せめて、樹季が固く握りしめている看板を取り上げておくべきだった。


「……」


『コーヒー一杯百円也』と書かれた看板を携え、樹季は河内が掛けていった方とは逆の方へ走り出していった。









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あとがき。(2013.3.21)

一ページ目で夢主を探してるのは夏男。

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