学怖短編

□裏側1
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「中身はコートと温度計。温度計はこの学校のだから戻しといて下さい」
綾小路は少し考え、口を開く。「これは彼女に渡しておいてやる。だけど、交換条件がある」
交換条件。いつの間にか悪魔とのやりとりで、契約じみた会話が堂に入ってきたな。

綾小路はひとりそんな事を心の中で思い浮かべて、そうでなければそれは持って帰れとつぶやいた。

彼女は何と答えるだろう、どんな行動に出るだろう、その行動は綾小路の意に沿う物だろうか、危害を加えるような事はしないか。


何を見て、何を考えて、何を望んで、自分に関わろうとするだろう。

じわりと心に浮かんだ警戒の針に気付いたのか気付いていないのか、赤部は相変わらずの軽い調子で「いいよ」と答えた。「私にできることならね」

「簡単な事だ。これを握って質問に答えてくれればいい」綾小路は首に掛けていた三角形の対悪魔用のお守りを、赤部に見えるように見せる。赤部の顔が輝いた、ように見えた。


「アミュレット?」


正三角形に反応しないということは、悪魔が生徒に化けているわけではないのか?

悪魔でなくても、なにかの仕掛けがあるか、なんの意図があるか考えるべきだろうに、赤部は早く、と疑いもせず綾小路がアミュレットを渡すのを待っている。

アミュレットを投げ渡す。赤部は躊躇うことなくそれを掴んだ。


「質問ったって、私が知らないことは答えられないよ」

「安心しろ、お前のことしか聞かない」

「……おや、二人称が変わったね?」

「悪いが、俺の秘密を知っている時点でお前は要注意人物になっているからな」

「はは、やだ私もしかして結構敵視されてない?私結構君の事好きなんだけどなあ」


「やめてくれ」ちらりと天敵の姿が頭を過ぎって、気分が悪くなる。その天敵も、今は撒いたとはいえすぐ追って来る。時間が無かった。


「お前は人間か?」

「自分では人間だと思ってるよ」


しっかり約束通りアミュレットを握り込んで、赤部は答える。律儀だとは思うが、却って警戒心が増した。約束や契約に律儀な性格は、悪魔や、それに携わる者に共通する特徴だからだ。


「俺を含む、他者に危害を加える気はあるか」

「ないよ。今のところね」

「お前の心臓はどこにある」

「左胸。あるいは神の身元に。ねえ綾小路君、悪魔向けの質問しなくても私はちゃんと人間だから」

「さっき『自分では』思ってるって言ったじゃないか」

「ごめんね曖昧な言い方でした!私が死んだ自覚のない幽霊とかじゃない限り私は人間です!」


自棄になったように言う赤部は、つまらなさそうに髪を掻き上げた。


「綾小路君、ダメダメだわ。こりゃ悪魔に騙されるはずだわ」

「は?」

「基本ができてないもん。私がもし意地悪な悪魔だったらぱくっと食べちゃうレベル。まずね、悪魔と質問の応酬をするなら対等な関係じゃなくて上下関係をはっきりさせないといけないの。じゃないと隙を突かれて殺されちゃうよ」

「……知ってる」

「知ってても実践できてないじゃん。私はできる限り正直に答えたけどさ、まず質問の前に嘘を吐かないよう約束させなきゃ。アミュレットなんか効かない悪魔もいるんだから」


べらべらべらべらと赤部は鼻息荒く悪魔との応酬についてのいろはを語る。
「そもそも質問の仕方も悪いよ。英語と違って日本語は主語抜き文も通じる言語だけどさ、主語抜き文で質問したら質問された方は勝手に都合のいい主語を入れて回答するでしょ。悪魔ってそういうとこ意地くそ悪いし、こじつけてでも自分の都合のいいように事を運ぼうとする奴ばっかりなんだから。できる限り綾小路さんの方で気をつけないと駄目でしょ!」

「なんでいきなり悪魔召喚の授業を受けなきゃならないんだ!」


……二度目の邂逅は、騒がしかった。





***





街は、灰色のビルを乱雑に並べて、その上からカラフルな看板を無理矢理あちこちにつけたような造形。昼間でも街中スクリーンの宣伝画面がちらちらと光っているので、目が痛い。排気ガスの匂いがきつい。ショッピング街特有の、店ごとの香料が混ざり合った異臭も漂っている。それでも、ここに大川が居ないというだけで、すべてが素晴らしい香りのように思えた。

道行く人は薄い板のようなものを持っている。未来のポケベルなのだろう。


「あれ?あれはね、携帯。携帯電話」

「電話してないけど……」

「言われてみればそうだね」


でも電話掛けられるんだよ、と綾小路の隣に居る赤部はスマートフォンという板の説明を始めた。説明されてもボタンも電話口も見当たらない板が電話だと綾小路には信じられない。


「試しに掛けてみよっか」


そう言ってスマートフォンを操作する赤部。
指先を付けると光る画面に、綾小路が驚いたように目を見張った。本当に未来に来たのだという自覚が、綾小路の中に広がっていく。


「だめだ、留守電」


赤部はスマートフォンをスカートのポケットに仕舞い、すたすたと歩き出す。この世界の地形が分からない綾小路は、渡された紙袋を持って彼女に付いていくしかない。



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