「名前のないavventura」

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「明日から頼んでみる。マスコット番長って聞いた時は、喧嘩が嫌いな人なのかもって思ってたから遠慮してたけど、その心配はなくなったわけだしっ!」



遠慮してたのか。


天深の心中のツッコミは知る由もなく、澪架深は思いっきり拳を突き上げた。


「明日から頑張るぞーっ」





***





頑張る、と言った割には、みかの行動に大きな変化はなかった。高校入りたてで、忙しいのもあったが、一番の理由は、佐伯先生から、緑ヶ丘の所有権を巡る争いの事を聞かされたからだろう。

事情が事情なだけに、簡単に「戻って下さい」とは言えなくなってしまった。
というか、あの先生が俺達に事情を話したタイミング、真冬さんを連れ戻そうとするのを阻止したとしか思えないタイミングじゃないかと数日前に出会っただけの教師の顔をこっそりと覗き見ながら意識を目の前に広げられた写真に向けるふりをした。

突然呼び出されて何を言われるかと思えば、これを見ろ、と指さされた机。その机の上には、見知らぬ男子生徒の写真と、ピンクのウサギの仮面を被った女子……女子?の写真が広げられている。


怖いを越して、笑える。

写真を見て薄っすらと笑っていると、なにか気になることはあるかと佐伯先生に言われ、内に収まる不信感を逃さないよう息を整えながらシュールな絵面の写真に指を這わせた。


「学ランの方」

「ああ」

「もしかしてこれ女子ですか?」


そう、パッと見て分かったのは性別くらいだ。


「ほぉう?」


いきなり数学準備室に呼び出されてクイズまがいの問題を出されたから答えたのに、佐伯先生はそれが正解か不正解かも教えてくれない。俺早く部活行きたいんだけど。すぐ済むって言われたからみかに連絡してない。同じクラスの渋谷は俺が部室と逆の方に向かったことを知っているはずだから、風紀部のメンバーには渋谷がうまく言っておいてくれるかも知れないが。


「どこを見てそう思った?」


にこり。知る者が見れば非常に酷薄な営業スマイルを浮かべて佐伯先生は凄む。

並大抵の人間なら間違いなく萎縮し、逃走本能が掻き立てられそうなそれで。


「どこって、骨格とか」


へらっと、場違いなまでに呑気に笑う俺。危機感を持っていない体でいれば割とどんな場面でも厄介ごとを躱せる。

剣呑な言葉でなかったにしろ、穏やかとは間違っても言えない雰囲気でもって言ったにも関わらず能天気な俺を見。


「そういえばおまえんちの母親、デザイナーだったか。お前も絵を描くらしいな」


……ひくりと口が引き攣ったのは、俺悪くないと思う。

担任でもないのに、なんで俺んちの家族事情と俺の趣味知ってんだ。


「ええまあ、人体デッサンは専門外ですけど、体型の判別くらいは、」

「で、他に気付いたことは」





自分で話振った癖に続けねえし。





このクイズ何の意味があるんだろうと思いながら、俺は写真に写る二人の顔に自分の爪を重ねる。





「ってあれ、もしかしてこの二人、同一人物?」





自分の爪を物差し代わりにして、二人の体格差を計る。
肩幅とか腕の長さとか、測ってみたらこの二人同じだ。んでもって。


このウサギの仮面の方、爪で仮面を隠してみたら、なんか、見覚えがあるような、




ウサギの仮面の部分に自分の指を重ねたまま固まった俺の頭に、がしりと佐伯先生の掌が乗った。

いや、乗ったというか掴まれた、思いっきり。そのまま、ぐぐぐ、と無理矢理上向かされる。さっきの笑顔とは比べ物にならないほど邪悪な笑顔を浮かべた佐伯先生が、俺を見下ろしていた。


「おーおー、っとに今年の一年は油断ならない奴が多いよなあ」

「ははは」


どう返していいか分からず、曖昧な笑みしか出ない。どう答えるのが正解だったんだろう。馬鹿なふりしてなにも気付いてないふりをした方がよかったのか。


「……薄々気づいてたけど、真冬さん、コスプレ趣味があるんですか?」

「薄々?」

「この間街で男装して歩いてたから、そっちの気があるもんだと」

「……あん?」
おおよそ教師とは思えない低い声が佐伯先生の口から零れた。


「どういうことだ」

「分かりませんよ。俺も見かけただけだし。渋谷と一緒だったから渋谷に聞いて下さい」

「チッ…」


説得を向けられた当人は、小さく舌打ちをしつつ閻魔帳だか知らんが自分の受け持ってる生徒の名前と情報が書いてあるノートを捲っていた。あんまりにも聞く耳を持たない態度を返された俺は流石にムカッときて宿題のプリントやら、参考書やら、指導要領やら一杯詰まれた数学指導室の机を叩きながらマシンガントークをかました。


「なんなんですか、この応酬何の意味があるんですか、俺なんのために呼ばれたんですか!なにか俺佐伯先生の気に障る事しましたかねぇ!?全然先生が何をしたいのか分からないんですけど!」

「苛つくと早口でまくしたてるように喋る所、兄貴にそっくりだなお前は」


思わずぴたりと動きを止める。なんで兄貴のことまで知ってんだこの人。
親の事はまあ分かる。ネットで名前を検索すればトップに出てくるような両親だ。けど、そこから息子の俺達のことを知ることなんて難しいだろうに。


俺の驚きが伝わったのか、佐伯先生はひらひらと手を振った。


「昔ちょろっと話したことがあるんだよ。言っとくが、お前ら双子ともガキん時に会ってるぞ。流石にお前らの弟とは直接会ったことはないけど」


記憶にない。


「って待って下さい、佐伯先生、もしかして埼玉出身?」

「おう」

「……東校卒?」

「おう」


確か、真冬さんの先々代くらいの東校番長が、たかおみとか、そういう名前だったような。


少し恐ろしい事に気付きそうだった思考を無理やり止める。元ヤンキーが教師になっているという情報と、佐伯先生がおじいさんの学校を取り戻そうとしている事実。そのふたつを合せたら余計な同情を佐伯先生に抱いてしまいそうで。けれどこの人は、そんな同情なんて煩わしくしか思わないだろうから、俺はそこで深く考えるのをやめた。


「それで。俺、何をすればいいんですか」

「今まで通り、生徒数増加への貢献だよ。生徒会が学校を荒らし始めたらそれを止めりゃいい。だが、注意点」

佐伯先生はトントンと学ランとウサギの姿をした真冬さんの写真を指で叩いた。

「理由は色々あるが、この『夏男』と『ウサちゃんマン』は風紀部の裏部員ってことになってる。風紀部のメンバーすら知らない、正体不明の裏部員」


「ああ、なるほど、理解しました」


要は黙ってろという話だ。ついでに俺がどこまで頭が回るか確かめたというところか。


「で、なんで俺だけ?澪架深と渋谷は?」

「渋谷は今度問い質す。妹の方は、まあ、少し思う所があってな。黙ってることにした」


ちろりと向けられた視線に、なにか含みがあるような気がしたんだけど、佐伯先生の視線はすぐ外された。


「だから妹には喋るなよ。頼む」


頼むなんて殊勝な事欠片も思ってないくせに。
こう言えば俺が断らないことを分かったうえで態とそんな言葉を選んでいる。この先生の考えは分かっちゃいるけど、俺は頷くことしかできなかった。





***





ああ、うん、たしかにこの時「渋谷は今度問い質す」って言ってたよな。


それはそうと、ドアを開けたら見たくもないものが飛び込んだ場合どうすればいい。



舞苑さんなんかは綺麗に笑ってスルーするんだろうか。経験の差というやつなんだろうか。
そんな度胸を俺は持ち合わせてない。だから、おもっくそ引き気味…というか実際引いてる。
見付かった三人も俺と同じように硬直したまま動かないと思いきや、ようやく赤い髪の友人が先に動いた。冷や汗を掻きながら肌蹴たワイシャツを着直す。


「……なにやってんの……」


思ったより掠れた声が出た。その後で、愚問だと自分の呟きに自分で呆れる。

床に組み伏せられた渋谷。それに馬乗りになる佐伯先生。少し離れた位置で直立不動の体勢を取っている真冬さんが居る意味が分からないけど、この状況で導き出される答えはひとつだ。


「えっと、お邪魔しました」

「待って―――――――――!!天深君帰らないで!ほんと!お願い!!」


廊下に出てドアを閉めようとしたところで、悲痛な渋谷の声に呼び止められた。目を向ければ、渋谷じゃなくて佐伯先生の方が来い、というように手招きしている。


「ドアは閉めろ。鍵も」

「……なにやってるんですか?」

「脱がしてんだよ。手伝え」
ああ、小学生のとき男子同士でたまにあったよな。いじめといじりの間みたいな、こういう複数対ひとりの対決。


本当はそんな子供同士のほほえましい理由じゃないのは気付いてんだけど俺も現実逃避とかしたくなる時はあるわけで、見上げて来る渋谷の目をバカみたいにじーっと見つめてた。

そしたら渋谷の顔がだんだんと泣きそうになってきたから、俺は絵本の中の王子様みたいに勇気を出して魔王から友人を救うべく佐伯先生の肩を引っ張る。

魔王様は物語の悪役みたいに俺を攻撃なんかしなくて、意外なほどあっさりと渋谷から退いた。


「まあ、別にお前でもいいんだけどな」


撤回。魔王様は魔王様だった。


「……ええっと、なんの話です?」


「夏男とウサちゃんマンが、生徒会の野々口に呼び出されてな。一人二役なんて無理だから替え玉をやらせようと」


スッと佐伯先生に差し出されたウサギのお面を掴みとる。そのままお面をフリスビーよろしく渋谷に投げた。


「痛い!」

「ただの着替えになに泣きそうになってんだよ男らしく着替えりゃいいだろうが」


おかげで変な誤解しちゃっただろーが。


「男らしく着替えたところでするのは女装なんだけど!?」









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あとがき。

双子兄とアッキーを絡ませるのがめちゃくちゃ楽しい。
それにしてもあのアッキーひんむき事件はネタにしやすくていいですね。


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