「名前のないavventura」

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「どうも澪架深ちゃん、告白されたって気付いてない……かもしれなくて。しつこくしたいわけじゃないんだけど、返事もずっと待つ気ではいたんだけど、せめて、告白したってこと、気付いてるかいないかだけ確認したくて、昨日メールしたんだけど」

「……メール?」


己の中の不信感を瞬時に引き上げ、それまで電話の相手に対していた時とは違う、厳しい声色で問いかける。

すると、山下さんは俺の声色を読み取ったのか、慌てたように声を漏らしてから謝罪の言葉を口にした。


「ご、ごめん、こういうことは直接会って確かめるのが筋なのはわかってるけど、あの、距離もあるし……電話、取って貰えないし……」

「……ぁ、いや、筋とかそーいうんじゃなくって」


俺は昨日、澪架深がやけに焦った様子でスマホをいじっていたことを思い出していた。機種変したばかりだから操作に慣れていないのだと思って手を貸そうとしたら、ものすごい勢いで遠慮された。……その時は確か、生徒会の雪岡とかいう人物からメールがきた、と言っていたはずだけど。


俺は、ヘアバンドを嵌め直して、ふぅ、と息を吐く。
なんだか、いやぁな予感がする。めんどくさい感じの。


「それで、メールだけど、澪架深ちゃんに、今度は完璧に、ふられちゃってさー……理由とかは聞いてないけどほら、澪架深ちゃんに気になる人がいたりしたら、まだあきらめがつくっていうか」

「明るい声出さないで下さい。俺、先輩たちが無理して笑ってるのが一番嫌だって言いましたよね?」

「……全然諦められてないですごめんなさい」


山下さんの声が途端に沈んだ。


「でも、振られた以上は潔く諦めなくちゃいけないのは分かってるんだ。それなのに、なんだかんだ理由を探そうとしてる自分が情けない」

「諦める必要はないと思いますけどねー、誰を好きになるかはその人の自由だし」

「ありがとう」

「……まぁ、俺、それとなく聞いてみますよ。振ったにしては、みかの様子が普段と変わらなさすぎる」


なにかの間違いかもしれないから、あまり思いつめないで下さいと言って、電話を切る。さて。
スマホで、件の妹に電話を掛ける。山下さんは取ってくれないと言っていたが、俺からの電話は2コール目ですぐに出た。
だが――


『もしもし、私みか。今あなたの後ろにいるの』


背後から、不自然に低い声が廊下に響き、首の中心から背筋にすすす、と指が這わされる感覚がした。


「!?う、ぅぅぅああ!?」


ぞわっと悪寒が走り、悲鳴と呻き声の混じった声が喉の奥から出て、思わず二、三歩後ずさる。


「敵襲か!?」


同時に、部室の戸がガラピシャーンと開いて、中から由井先輩が飛び出してきた。違います。


「なんだ、妹か」

「遅れてすいませーん、うちの担任日誌のチェック厳しくってぇ」


ぶつくさと文句を言うみかに変わった様子はない。昨日の今日で平気なフリができる性格じゃないんだけど。


首を傾げながら見ていると、部室の中でホワイトボードの片付けをしている渋谷が、あれ?と声を上げた。


「澪架深ちゃん、今日は半くらいになるって言ってなかったっけ」

「ちょっと早く行くってメールしたよ、その後」

「えー?届いてないけど」

「あ、俺の方に来てる」


早坂先輩が携帯の画面をみかに見せて確認させている。


「あちゃ、差出人間違ったかあ。もー、こないだスマホ変えたばっかだから慣れてなくて、よく操作ミスっちゃうんですよね」



……。



「みか」
ちょいちょいと指を動かしてみかを呼ぶ。みかは鞄を机に置いてから、なになに?と面白そうに寄ってきた。
「昨日、生徒会の雪岡先輩からメールきたって言ってたよな」
時間帯からして、同じ時間に送ったと思われる山下さんと雪岡先輩のメール。そして、お世辞にも機械に強いとは言えないみか。


俺は、みかにおそるおそる話しかけた。


「どんな内容?」

「え〜、それは女の子の秘密っていうかあ」

「みか」

「……恋の相談うけてました」


俺の声音に冗談の色がないのを悟ったのか、すぐにみかも真面目な顔になる。ちらりと渋谷の方を見て、渋谷がこっちの方を見ていないのを確認して、俺に向きなおる。「雪岡先輩、アッキーのことが好きみたいで。私とアッキーが付き合ってるのか、心配してメールで聞いてきたん」

「……で、なんて返したの」

「ただの友達で、恋愛感情はないですよ〜みたいなことを」


おぼろげな予想だったものが形を持って確信に変わる。



「みか、雪岡先輩からメールが来たとき、他に誰かからメールこなかった?」


「あっ」










***










ジュースを買って戻ってきた真冬は、部室の戸を開いた途端、重々しい空気に遭遇した。

先日新メンバーとして迎え入れられた恵比澤澪架深が床に手を付いて、項垂れていた。傍に携帯が転がっている。


「遅かったな、黒崎」


由井が何事もないかのように話しかけてきたが、それどころではない。なんだこれは。


「な、みか、早めに謝ろうって。怒らないから山下さんは」


「無理無理無理無理」ぶるぶると頭を振って、澪架深が呪文のように無理、と繰り返す。今入ってきたばかりの真冬にはさっぱり状況が掴めなかったが、どうやら山下が関係してるらしい。


「……だって、メール、返したら、ひつぜんてきにこの間の返事もしなくちゃいけないわけでぇぇ」


屈んで妹を宥めにかかった天深の制服の裾を掴んで、澪架深はなおも頭を振る。


「……あの、恵比澤さんどうしたの?」

「……、くろさきせんぱいいいいいいいいいいいいい!!!」


おそるおそる、野生動物に近付くような心づもりで真冬も澪架深に近付くと、澪架深ががばっと顔をあげ、勢いよく真冬の胸に飛び込んできた。



「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



女子とのスキンシップに慣れていない真冬は固まる。え、なにこの楽園?可愛い後輩ができてその子が抱き付いてくるなんてどんな素晴らしいスクールライフ?あ、これ夢?夢かなレッツパラダイス?



ゴシャアアアアアアアアアアアアアアアアア
「わ―――――!!ジュースが――――――――――!!」



真冬の手の中で無残な姿になった缶ジュースがびしゃっと辺りに飛び散る。ちなみに中身の入ったジュース缶を潰すのに必要な握力は約90kgだという。以前、真冬は校舎の壁を砕いた桶川に戦々恐々としていたが、割と彼女も人のことが言えない。コンクリートは無理でもビニールハンマーで地面を陥没させたことはあります、ハイ。


トリップする真冬の前では、制服にジュースがかかったらしい早坂がハンカチで懸命に学ランを擦っていた。


「黒崎、大丈夫かよ、いきなり爆発したぞその缶」

「ダダダダイダイダイジョウブダヨヨヨヨヨヨヨ」

「大丈夫そうじゃない!」

渋谷のツッコミを尻目に、早坂は真冬にタオルを投げ渡した。


「一応保健室行くか?……ほら、恵比澤妹も」


早坂は、そう言って女子二人を立たせ、保健室の方へと背中を押すようにして誘った。
早坂と女子が去った後、部室に残った由井、渋谷、天深の三人がそれぞれ顔を見合わせた。

「早坂センパイって、天然たらしの気質ありますよね」

「みかが顔合わせ初日に、『早坂先輩王子様みたい!』ってはしゃいでた理由、ちょっとわかったかも」

「しかし恵比澤妹は一体何をあんなに狼狽していたんだ?」

「……」

天深は一瞬だけ渋谷を睨んでから、言いにくそうに頭をかいた。


「……メールを、間違えて送っちゃったみたいで。……まあ、恋愛ごとなんですけど」

「……山下さん?」

東校の事情をよく知っている渋谷はすぐにピンときたのか、興味深そうに天深を見た。


「そ。『恋愛感情はないです』みたいなメールを、よりによって、山下さんに送っちゃったんだと」

「良く分からんが、間違いだったと謝れば済む話ではないのか」


天深は黙る。確かに、由井の言う通りなのだ。問題を引き延ばしても、解決しないどころか悪化するのは目に見えている。しかし、そうもいかないのが人の心。


惚れた惚れられたの間だというのが厄介なのだ。少なくとも澪架深自身はそう思っている。だから、あんなに電話一つ、メール一つでびくびくしているのだろう。


「みかは子どもですから」


いろいろな意味を含ませてそう言えば、由井は分かっているのかいないのか、そうか、と一言言って頷いた。















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あとがき。(2015.8.17)

番長ということは黙ってるけど連れ帰るのを諦めるとは言ってない。


スマホってなんであんな誤送信多いんですかね。



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