「名前のないavventura」

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ええと、なんでこうなったんだっけ。
目の前には、にこやかな笑顔で紅茶を薦めてくる三年の女性。
ももち、と名乗られたが澪架深はどんな漢字に変換するのか分からなかった。とりあえずフルーツの桃を想像してしまって頭の中を桃がくるくる回っている。


桃さんが座るソファーの奥には、生徒会長席。そこに座った人物は今は澪架深に背を向けている。どうやら窓の外の鳥に気を取られているようだ、鳥の気を引きたいのか窓の縁に指を滑らせている。

その仕草は本当に子供のようで、ついついその可愛らしさに笑みが漏れてしまう。

いや、元から引きつりながらも、笑みは浮かべていたのだが…力が抜けたというか。


この室内に控えている誰もがこの二人の言葉を待っているようで、本当に生徒会での力関係が窺い知れた。


澪架深はちらりと、自分の両側に立つ人物達にも目を向けた。


まず目に入るのは、会長席のすぐ横に立つ、木刀を携えた女性。この人が、一番会長の言葉を待っているのか、しきりに会長の方に目をやっていた。
そして、壁の近くに二人、先程澪架深が追いかけた小柄な女子と、小脇に本を抱えた男子。この二人は仲がいいのか、合流してからはずっと二人でくっついて行動している。


その二人と逆側の壁に一人、髪をふたつに結い上げた女子。警戒するように腕を組んだ状態で、さっきから一言も話さない。少し怖い。

あと一人、澪架深の後ろに男子が居たはずだが、後ろの方から水音と、食器のぶつかるような音が聞こえてくるから、ティーセットの片付けをしてるんだろう。多分。この人も、さっき目が合った時に睨んできたので、澪架深はちょっとだけ苦手だった。


……いやちょっと待って、生徒会室に水道完備してるのか、と澪架深がそろそろと後ろを振り向こうとした時、ようやく生徒会長の椅子がくるりと回転し、会長の瞳がこっちを向いた。


彼と顔を合わせるのは二回目だ。転入手続きの時、廊下ですれ違っ――すれ違ったっけ、よく覚えていない。会ったとは思うのだが、確か目が合った瞬間、澪架深が眩暈を起こして倒れたため、前後の記憶があやふやだ。

澪架深が倒れる様子を隣で見ていた天深が、珍しく狼狽した声を出していたことだけははっきり覚えている。

今回は、逆光のため、澪架深からは会長の表情が良く見えなかったが、微笑まれているのは雰囲気で分かった。
「で、君は生徒会に何の用事かな?」
「えっ」
「あれ、小鞠を追って入ってきたから、なにか用事かなと思ったんだけど」
「え、いやいやいやいや」
ぱたぱたと手を振って否定すれば、会長はそう、と大して驚いた風でもなく呟いた。
「あなた、新入生よね」


澪架深に紅茶を薦めた三年生が、会長によく似た柔らかな笑みで訪ねてきた。澪架深はこくこくと首だけで返事する。


実は澪架深は、この部屋の中ではこの女性が一番苦手だった。

睨まれたわけでも、愛想が悪い訳でもない。むしろ見るからに人格者、なのだ。柔らかな微笑みと声で対応してくれている。


「迷子かしら、覚えにくいものね。この学校の造り」





ぞくり。





なんだろう、この、話しかけられるたびに感じる、背筋を虫が這いあがっているような嫌な感覚は。嘘をつくことは許されない、となぜか思わせるこの声は。
からからに乾いた声で、澪架深はなんとか返答する。声が震えた。
「迷子っていうかそこの、こ、こまり先輩?追っかけてたらここにたどり着いたっていうか……いや!!決してやましい気持ちはなかったんですけど!」

「あったら驚きだよね」

「なんでしょう、なんとなく追っかけちゃったというか、つい体がふらふらっと向かって行ったっていうか……あれ!?この証言犯罪者っぽい!?」

「責めてる訳じゃないから落ち着いて下さい」


木刀を持っている人に諌められ、ようやく澪架深は口を閉じた。

落ち着けと言われても、落ち着くものも落ち着けないというのが本音だ。一人でぐるっと知らない人に囲まれているこの状態は居心地が悪い。

もういっそ勢いに任せ、ソファーから立ちあがって「失礼しました!」と撤退してしまおうか、と考えていた時だった。


コンコン。


生徒会室の扉がノックされ、皆の視線がそちらに向く。


「どうぞ」会長の言葉の一拍後に、ゆっくり扉が開かれる。

「え?」

そこに立っていたのは、さっき別れた兄の天深。天深はすたすたと気後れなく生徒会室に入ってきて、澪架深に一枚の紙を差し出した。見ると、紙には『入部届け』と書いてあった。


「渋谷が風紀部ってのに入ることになったから、よければ二人もおいでって」


受け取った入部届けにはすでに部活名と顧問のサインが記入されていた。


「ほら、生徒会長室だから丁度いいじゃん。ここで書いて提出しちゃえ。……あ、これ、俺と渋谷の入部届けです」

「私が受け取るわね」すっと手を出した百地に、天深は素直に二枚の入部届けを渡す。すぐに身を離そうとした天深だったが、その前に腕を百地に掴まれ、動きを止めた。見返す天深に対して、百地はなぜか天深ではなく澪架深の方に目をやっている。

ああ、顔を見比べられているのかと、澪架深はすぐに思い当たった。

気付かない振りをしてペンを走らせながら、澪架深は記憶を手繰る。


いつも喧嘩を吹っかけられるときに感じる、悪意と蔑みがほんの少し空気に混じったような感覚がした。ヤンキー相手にこの空気を感じる時はたまにあったが、女性の一般生徒から感じるのは初めてで、少し緊張する。

天深はこの空気に気付いてないのか、呑気に百地の手を不思議そうに見ているが。呑気に、というのは語弊があるか。

警戒はしつつ、特に必要がなさそうなので放っておいているのか。

いやいやいや、そこは嫌がっとこう?知らないお姉さんに腕掴まれて無言で見られて、そこはもっと嫌がっとこう?

むかむかしてくる思いを発散するように、澪架深の口からごくごく小さな声が漏れる。


「それとも顔か。美人さんだとやっぱり振り払いにくいか……!くそう顔面格差社会めっ……!」


だんだん腹が立ってきた。


「みか、まだ書けないのか」そう言われて、慌てて澪架深は入部届けを百地に突きだす。そこでようやく百地の腕が天深から離れた。
「澪架深さん、ね。ようこそ、緑ヶ丘に。風紀部に入った以上は色々――大変なことがあると思うけれど、個人的には仲良くしてくれると嬉しいわ。よければ、今度、一緒にお茶しましょう。天深君も」



そこで、ぶちっと、澪架深の中で何かが切れる音がした。



「ちょ、ちょっと美人で胸がでかいからってマドンナぶるな―――――――――――――――――――!!」



「マドンナてお前」



ぼそっと天深が呟いたと同時に、バサバサッという音と、食器のぶつかる激しい音がした。前者の音の正体はすぐ分かった。小鞠、と呼ばれた女子の横に立っていた男子が本を落とした音だ。……ええと、もう一つは。


澪架深がそっと後ろを向くと、簡易キッチンのようになっている水道の所で、黒髪の男子がシンクに突っ伏して肩を震わせていた。やっぱり洗い物をしていたらしい。


それぞれに動揺している男子2人だったが、会長の反応はもっと酷かった。遠慮なく机を叩いて爆笑している。


あっはははははは!!おも、面白いねえ、恵比澤さん。黒崎さんといい、今年の転入生は個性が強いねー」

「転入生、って、その、東校から来た!?」

「うん、あ、そういえば恵比澤さんたちも同じ学校だっけ?」

「そうそう、そうです!」

「黒崎さん、風紀部だよ」

「わ、私達その人を探しにこの学校に来たんです。顔も……名前も知らないから学校を探すしかなくて。向こうが私達を知ってるかは知らないけど。その人、風紀部にいるんですか?間違いなく?」


実際は、偶然転校先が同じ学校だったから、よっしゃラッキー、というノリで来たのだが、そんな事実は隠し、必死に転校までしました、という振りをして言葉を吐き出した。


「ふーん、じゃあちょうどいいね。良かったじゃない」


にこにこキラキラと微笑まれて、OH……と思わず澪架深は会長の顔から目を逸らす。眩しい。お前はレフ版かと突っ込みたくなるほど眩しい。
「じゃ、入部届けも出したし、失礼します」
目をしぱしぱさせている澪架深の腕を掴み、天深はさっさと生徒会室を出る。じゃあねー、と会長が手を振ってそれを見送った。
「……で、結局なにしに来たんだろうね、恵比澤さんは」


「……さあ」










***










「あのなあ、ここの会長には気を付けろって渋谷も言ってただろー、なに自分から突撃しちゃってんの」

「言ってたっけ?」

「みか、人の話は覚える癖つけような」


廊下に出て、いきなりのダメ出しである。澪架深が分かりやすく口を尖らせた。


「あーちゃんだって桃の人に手を掴まれてじっとしてたよ!?超油断してたじゃん!!」

「いや、なんかあの人見てると思い出すんだよな……」

「思い出す?って、なにを?」

「舞苑さん」

「……なんで?」

「さあ」


――顔つきも性別も性格も、何一つかすってないと思うんだけど。
澪架深の指摘に、天深も頷く。天深もなにが舞苑を彷彿とさせるのかよくわからないらしい。
「それじゃ、あーちゃんは、あの人が舞苑さんに似てるからじっと見てたの?」


探るような澪架深の言葉に、廊下を歩く天深が淡々と返す。


「……まあ、別に危険も感じなかったし。そのままでもいいかなって思ってたのもあるけど」

「あーちゃんのバカ―――――――――――――――――――――――――――!!」


わあああと顔を覆って大袈裟に泣く真似をする澪架深に天深はハイハイ、と手を振った。


「澪架深があの人を危険視してるのはよく分かったよ。澪架深の勘は当たるから、俺も今度から気を付ける」


澪架深が意味なく人を嫌うような性格でないのは天深もよく知っている。あるとすれば、相手がこちらに悪意を持っているのを察知するか、本能的に危険だと判断した時だ。どちらかというと理論派の天深は勘というやつがどれほどアテになるか分からないが、澪架深のことは信じるようにしている。


「それを差し引いてもあの生徒会、なーんかヤな感じだし。なるべく関わらないようにしたいんだけどー。……あちらさんはこっちに用があるのかな、ねえ、なんで君付いて来てるの?」


そう言いながら、天深がくるりと後ろを振り向く。こっそりと後を付けて来ていたらしい影が、びくっと肩を跳ねさせている。


さっき、澪架深と鉢合わせた女子だ。一緒にくっついていた男子はいない。他に誰も連れてこなかったのか、廊下に他の人影はいなかった。なにか用があるような素振りを見せてはいるが、口を開く様子はなかった。

隠れる場所を探しておろおろちょこちょこと動いていた小鞠の動きが止まる。



おそるおそる、と見上げてくるその姿は。




か、かわいい!!ずっきゅーーーーんと澪架深の胸に矢が突き刺さる音が聞こえた、そうだ思い出した、対百地との衝撃で忘れかけていたがやっぱり忘れきれなかった。


この小鞠という人物はさっきも澪架深の目を見て、こっちへこいとあの可愛らしい顔で訴えかけてきたのだ。
そうそのあとはふらふらと。会長に話した通りにふらふらと。


「みかー」


天深に背を小突かれ、はっと澪架深が目を見開く。いけないいけない、なんだこのかわいいビーム。怖い。というか会長といい桃の人といい、どうして生徒会にはこう、眼力の強い人が集まっているのだろう。


「ほらみか、みかに用があるって」小鞠は終始無言だが、それでも天深には小鞠の言いたい事が分かったらしい。


「……女同士の話、ねぇ……それ言われちゃ俺居辛いなー。じゃあ俺は先行くから、話し終わったら連絡して」

「え、ちょ、あーちゃん……」

呼び止める前に天深はさっさと出口に向かっていってしまった。残された澪架深は小鞠に向きなおる。

「えっと、用って?」


じっと小鞠が澪架深を見上げる。
「……えーっと」
何かを訴えかけられているのは分かるが内容がわからなかった。この手の心理戦じみたやりとりは兄の天深の方が察しがいい。

それになにより、かわいいかわいいが先行してなんか意図とかどうでもよくなってきた。この先輩かわいいお人形さんみたい。

小鞠はぴょんぴょんとジャンプししてから、澪架深に向かって携帯を突き出した。

携帯ってーと。

澪架深は携帯で連想できる事柄をいくつか頭に浮かべ――溜息をつくような動作で肩を落とし、自信なさそうに口を開いた。


「……アドレス交換、ですか?メールで会話する?」

こくこく。

小鞠が頷く。よかった合ってた……と思いながら、澪架深は携帯を操作して小鞠とアドレス交換した。


小鞠がなにを考えてるのか全く分からないが、どうも見た目が子供っぽいせいで、なるべく要求は聞いてあげなければ、という気になってしまう。


「あ」
小鞠はアドレス交換をするとさっさと去って行ってしまった。澪架深は廊下で少し首を傾げ、その場を後にした。












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あとがき。(2015.7.31)

いやあの、本当は昨日更新する予定だったんですけどね。
ねぼけた状態で編集と保存したのがいけなかったんでしょうね、データ全部消えてた。

よりにもよって名前変換いっちゃん多いパート……計84か所の変換をひたすら打ち込む作業……がんばった。私頑張ったよ。




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