「名前のないavventura」

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人の恋愛のごたごたになんか興味ない。友達同士のいざこざだって面倒な限りだというのに、それが恋愛となるともうそれは災害といっていいんじゃないか、巻き込まれる無関係の身にもなってほしい。
だから、そういう、恋とか愛とか、そういうものはできるだけ見ないようにしていきたい、とは思うのだけど。


「弟君は聡いからねえ。気付いちゃうか」舞苑は、翔影の頬をぷにぷにとつついた。

「他の奴らと姉が鈍いだけです」

「俺がどうかした?」



ふいに、明るい声が二人の間に割り込んできた。
舞苑と翔影が座っている後ろから声を掛けたのは他の誰でもない山下で。自作のお菓子を振舞っていたのか、手にクッキーの入った大皿を持っていた。


「えっと、」

「ねーねー山下。山下っていつ双子ちゃんに告白するの?」


気を遣って言いよどむ翔影の気遣いとは裏腹に、遠慮の欠片のない舞苑の言葉が山下の頭にさっくりと刺さる。山下の手から大皿が落ちた。


「うわ、ちょっ」

「おっと」

「……い、いつから気付いてたの?」


空中で皿をキャッチした翔影と、同じく空中で、皿から舞ったクッキーを片手ですべて掴みとった舞苑に、山下は愕然とした声を出した。


「……いつって」

「山下が自分で自覚するより早かったと思うよ」


ぽりぽりとクッキーを齧りながら言う舞苑に、山下が顔を覆って座り込む。



「で、いつ告白するの」


「舞苑さん、舞苑さん」



その位にしてやれと翔影が舞苑の袖を引いて首を振るが、山下の心はもうすでにボロボロのようで、「うううう」と呻き声のような物が顔を覆った指の間から漏れ聞こえてきた。


「告白は、もうしたんだけど」


と思ったら、衝撃の事実がその口から飛び出してきた。




「拒否られたというか、はぐらかされて」


「なんて?」


「『私も好きだよ、何言ってんの、友達じゃーん』って。ねえ、流石にあれは天然じゃないよね、流石に気付いた上ではぐらかしてるんだよね」


「……」




翔影は額を押さえて下を向く。双子のマイペースっぷりは翔影も重々承知の上、ボケっぷりも日常茶飯事。だが、天深の方はまだあえて道化を装っている節があるのでまだマシだ、問題は姉の澪架深だ。
兄と違って筋金入りの天然なので、すぐには山下の言葉に頷けない。

たっぷりと時間を置いて、翔影は、「聞いただけじゃなんとも言えません」と曖昧な答えを返した。


「そっか」


残念そうな声で言って、山下は大きく溜息をついた。


「……たとえ、玉砕してもよかったんだけどね。距離はおけるし」

見栄ではなかったが、付け加えるように呟く山下。

すると翔影は、緩やかな動作で首を左右に振り、静かに答える。


「山下さんがうちの姉と距離をおけるわけないじゃないですか」
「いや、だって引っ越すし」
「東校の人たちがこぞってメールなりなんなりするノリに流されて山下さんも電話掛けてる絵が目に浮かぶんですけど」

「……う」

「……玉砕したら距離を置けばいいなんて、そんな卑怯な事山下さんは考えませんよ。ちゃんと、覚悟して告白したんでしょ」


ぶっきらぼうながらもちゃんと山下のことを分かっている翔影の言葉に、山下は苦笑を返した。
澪架深は三人から離れたところで、寒川対子分の腕相撲勝ち抜き戦の鑑賞をしている。


「……もし姉が、山下さんの気持ちを知っていながら、曖昧な誤魔化し方をしたんなら、流石に俺も怒りますよ」

「はは、ありがと」


おおよそ不良とは思えない笑みを落として、山下は翔影が持っていた大皿を受け取った。


「でもさ、人の告白に返事をするのって、告白する側と同じくらい勇気がいるし大変なことなんだ。だから、澪架深ちゃんが迷ってるなら心の整理がつくまでそっとしておいてあげたいなって」

「そんなもんですか」
「そうだと思うよ。人の心って、いつだってYESNOのどちらかひとつってわけじゃないから」
「……そんなもんですか」
恋愛経験の乏しい翔影にはあまり理解はできなかったが。本人がそうしてほしいというなら自分は口を出さずにいようと頷いた。
「ああでも、告白とかそういうのなしでさあ」
ぽつり、と山下が、澪架深や天深の居る方に目を向ける。




「……離れるのは、いつだって寂しいなあ」


「まぁね」





珍しく舞苑も同意して、沈黙が三人の間におちた。





***





「だっだっだーらーだっだっだーらー」

「ダッダッダーラーダッダッダーラー」

「「チャララー チャララー チャララ――― チャーラッ」」





緑ヶ丘高校での生活、一日目。渋谷の前に、同じ顔をした双子がスパイのテーマを口ずさみながら立ちはだかった。双子とは、言わずもがな天深と澪架深のことである。


「お楽しみの時間だよ」澪架深が親指で自分の背の後ろを指すような仕草をした。立って、というつもりなのだろう。
一年教室の、廊下側の一番後ろの席、その席で双子は机を挟んで渋谷に向かい合っていた。あと数時間で下校時刻を回る。四月半ばで浮足立ってるせいか生徒は少なく、春の日差しが差し込む教室には合唱部の歌声が遠くから響いてくる。三人のうちの誰かが約束していたというわけでもなく、ただ単に渋谷がたまたま一人の時間ができただけであったが、いつそれを察知したのか、狙ったかのように双子は渋谷の机に寄ってきた。


「……えーっと、お楽しみって?」

「決まってるじゃん、番長探し」

「ここ数日、渋谷が目立つように、派手に立ち回っててくれたじゃん。そろそろ出て来るころだと思うから、探しに行こうって話」


それはもしかして女の子の彼氏さんたちから身を守るために、番長の名前を盾にしていたことだろうか。渋谷としては、この兄妹の手伝いという気持ちは一切なかったのだが、この二人は渋谷の行動を、自分たちのアシストだと思っていたらしい。


「……俺、これから女の子と遊ぶ約束してるんだけど」

「じゃあ俺らがばれないように付けるから」

「アッキーはいつも通りでいいよ」
友達に監視されながら女の子と遊ぶってどういう状態だ。渋谷は微妙な表情を作ったが、断るほどではない。じゃあそれで、と頷いて、席から立った。






「……しかしすっごいよなあ、渋谷の話術っていうか、取り入り方っていうか」


校舎脇にビニールシートを敷いて女子たちと和やかに話している渋谷の背を茂みから見ながら、ぽつりと天深が呟いた。


「話術とか取り入り方のスキルの事、コミュ力っていうんだよ、コミュ力。コミュ力高いっていうの」

「ふーん。初めて会った時も最初にみかが懐柔されたしな」

「私の作ったお弁当ベタ褒めしてくれたもの。もうあれ懐くしかないです」

「人の喜ぶツボつくのがうまいんだよな」


モフモフモグモグとアンパン(張り込み捜査っぽいから食べながらやりたいと言い出した澪架深が購入)を頬張りながら、二人は女の子と仲良く話す渋谷の背をガン見していた。


「人を喜ばせるのがうまいよね、アッキーは」澪架深が感嘆の混じった声で言った。「ちゃっかり者だけど愛嬌のうちだしさ、話はうまいし聞き上手だし、怒らないし、地顔が優しそうだから印象もいいし、なにあれ無敵超人」


ちゃっかり者、の所で遠くに座っている渋谷がくしゃみをする。周りの女子たちが心配そうに渋谷を見る。渋谷は苦笑を返して大丈夫というように手を振っていた。


「……こないねぇ」

「渋谷を張ってるより、失恋ダメンズ探して追いかけた方がいいかなあ」

「じゃ、私ダメンズ探そっかな。あーちゃんはこのままよろしく」

「いえっさ」


びっ、と互いに敬礼しあったのを確認して、澪架深はそろそろと渋谷が居る方とは逆の方に立ち去った。茂みを抜け、校舎の方へとことこ寄ったところで、校舎の影からのぞく小さな女子の姿を見つけた。

お人形さんのように整えられた長い髪に、これまたお人形さんのようにぱっちりとした目をしたその女子は、澪架深の胸くらいの背の高さで、制服を着ていなければ、小学生に見えてしまいそうだった。失礼だが。


「……」
「……」
見つけた澪架深、見つかった女子。ぱちくりと二人は見つめ合う。
最初に口を開いたのは、小柄な女子の方だった。
「渋谷の……」


「うん?」


何か言われたものの、声が小さくて聞き取れなかった。思わず澪架深が屈もうとした時、その女子がたたたっと澪架深とは逆方向に去っていこうとした。


「あ、ちょ、ちょっと」


澪架深もその後についていく。気分は白ウサギを追いかけるアリスだ。






が。






このウサギ、とんでもないところに連れて行ってくれた。


「……」


澪架深は引きつった笑みを浮かべながら考える。
ええと、なんでこうなったんだっけ。















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あとがき。(2015.6.27)

弟君は、絡まれるから相手してたらいつのまにかヤンキーになっちゃってたタイプだと思う。

ようやく緑ヶ丘編。
原作での、アッキー加入のあたりからスタートです。文芸道では拾えなかった原作イベント拾えるといいね。



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