「名前のないavventura」

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「でも、その代わりぃ」
「……その代わり?」
どっちにしろ、近い内に説得する気ではいたのだが、ここは取引という形にした方が都合がいい。


「新番長の寒川さん、でしたっけ。俺に紹介してください♡」


渋谷亜希は自分のこれからの学生生活の安寧の為、ちゃっかりとその言葉を投げかけた。





***





結果として、なんとかして転校を思いとどまらせようとする東校先輩組の努力は、徒労に終わった。渋谷との取引にまで応じて、せっかく双子本人たちを納得させるところまではいったのに、番長退学の件とは全く関係なく、恵比澤家が一家総出で引っ越すことになったのだ。家庭のことなら口は出せない。が、なにもこのタイミングで引っ越すことはないだろうと、顔も知られていない双子の両親が恨まれている。しかし、引っ越し先が偶然にも、『番長』が転校した学校の近くであることは、なにか陰謀めいたものがないか。


よもや双子の我儘を二人の両親が聞き入れたが故の引っ越しでは、と勘繰る者もいたが、真相は闇の中である。


「……それだったら、引っ越しは春からにしなよ。俺も進学は緑ヶ丘にするつもりだからさ、一緒に行こうよ」
そう、渋谷が口にしなかったら、あの双子は喜び勇んでさっさと緑ヶ丘に向かっていただろう。数か月程度の猶予だが、ちゃんと別れを言えることは有難かった。



「……たかだか電車で数時間の距離の引っ越しに、どんだけ絶望してんだよあんたら……」



小生意気な声を掛けたのは恵比澤翔影。天深と澪架深の弟だ。


「冷たい!恵比澤弟が冷たい!」

「翔影だ、やめろその呼び方」


真っ二つに切り伏せるように淡々と言葉を発射すると、お別れパーティーという名の集会(飲食物持ち寄り可)に学ラン姿で集まった面々は、あーあ、と胡散臭そうなため息をついて、それからすとんと肩を落とした。「………………………だって悲しいだろ。毎日顔合わせてたのが、できなくなるんだぞ」


「夏休み。先代番長だって帰ってきてたじゃん。その気になればいつでも会いにいけるだろ」東校のヤンキーの集会ということで、周りは年上ばかりだというのに全く臆せず話す翔影も、自分の中学では負けなしのヤンキーだ。いずれ東校に進む予定だったので、少し前から東校のメンバーとは交流を深めていた。


「それは違うよ弟くん」ちびちびとジュースを勝手に飲んでいる翔影の横に座ったのは、舞苑。座った瞬間、少し離れた位置で会話を楽しんでいた澪架深と天深が、「変な事は教えてくれるな」と言わんばかりの目で舞苑を見た。末の弟だからか、翔影は双子から可愛がられて育っている。残念ながら、対する翔影は絶賛反抗期中であるが。


舞苑と話すこと自体は嫌じゃない、むしろ喜ばしいのか、翔影にしては珍しく、人のグラスに飲み物を注いで渡すという気の回しっぷりを見せた。それを受け取った舞苑は、一口中身を飲んでから改めて口を開く。


「いつでも会えるなんて、甘い考えじゃなにも掴めない。傍にないからこそ、大事なものに気付けるって言うしねえ。俺達はもっと、そのことに気付くべきだ」

「はあ」

「例えば日をまたぐ放置プレイとか――例えばみつからないように潜入するスリルとか?」


あまりにも真面目な発言を隣でされたもんだから、翔影は珍しく饒舌な先輩の語るまま口は挟まず、横で舞苑が語り終るのを聞き届けてから自分の話をしようと思っていたのだが。途中から風向きの怪しくなった会話の内容に、目をゆっくりと半眼にした。


「……ハア」


翔影は舞苑にひとつ不満を持っていた。それはこの、舞苑の性癖。見た目だけは爽やかで優しそうで、ヤンキー的にも喧嘩の強さは目を見張るものがありそこは尊敬に値するというのに。ドMという彼の性癖がそれをすべて台無しにしている。喧嘩の面では敬意を払ってもいいと思っているのに。非常に残念である。



翔影の思いを知ってか知らずか、舞苑はぺらぺらと自分の話したい事を話している、酔っ払いが絡んでいるようにしか見えないがちゃんと素面である。





「でもさあ、弟くん、気を付けなよ」


ふいに、少しだけ真剣な声で舞苑はそう言った。


「俺、何度か行ってきたんだけどさ、あの学校。なんか妙だったんだよね」


「……妙?」


「うまく言えないけど。東校と雰囲気は似てて、好き勝手はできるんだけど――誰かが常に見張ってるような」


「……見張ってるって、教師とか?」


「だといいんだけどね」


言葉を濁すでもなく、舞苑は淡々と答えた。彼も、その予感は勘のようなもので、はっきりとしたことは言えないようだ。


「弟くんは中学生だし、別に直接関係はないけどさ。心配でしょー、あーちゃんとみかちゃんが」

「……」

無言を答えとして返して、翔影はちびちびとグレープジュースを飲む。




頑なに兄姉のことを語ろうとしない翔影をたしなめるでもなく、舞苑は自分の話を続ける。


「まあ、あの二人なら大丈夫だろうけどさ。それに、あっちには真冬さんもいる」

「……でもあの人、結局兄貴たちに声掛けられなかったでしょ」



実は翔影は数か月前、東校と西高の決闘を偶然目撃しているため、番長の正体であるとか、舞苑の実力であるとかを知っている。

……寒川が何度か、恵比澤兄妹を紹介しましょうか?と申し出ていたにも関わらず、「無理―!!ヤンキーじゃない後輩と仲良くなるなんてチャレンジ無理―!!!!引かれる!!絶対引かれる!!ああいっそ不良だということを隠して挨拶してみようか……って一般人の挨拶ってどうすんの!?ハンカチでも落として拾って貰えばいいの!?……ハンカチ持ってないし!!」と途中でヘタレて断念していたことも知っている。
顔を手で覆って空を仰ぎ見る姿がなんだか気の毒で、目撃するたび気付かない振りをしてはいたが。




「向こうではちゃんと女子高生してるみたいだから、ま、運が良ければ挨拶はできるんじゃない」

「ふうん」


気のないように言って、翔影はちらりと一人の人物に目をやった。


「……それはいいとして。問題は山下さんでしょ。あの人、うちの姉に惚れてたし」


グレープジュースの味が舌に残る。それでも、会話の潤滑油だというように、翔影はジュースを口に運び続けた。ちびちび、ちびちび、ごくり。



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