「名前のないavventura」

□1
1ページ/2ページ



「恵比澤!!」



焦ったような寒川の声が響く。俺は、大丈夫だというように手を振った。隣に立つみかも遠慮がちに寒川に向かって手を振っていたが、少し赤く腫れてしまっている手でそれをやっても寒川には逆効果だったようで。


「っってめえ!!うちの奴らに、なにしてんだ―――――――――――――!!」


走って来ていた寒川は更に加速、すでに戦意喪失していた西校生に向かって、怒号と共に黄金の拳を突き出した。ああ、こりゃ駄目だ。

諦めの息を吐きながら、俺はずれた自分のヘアバンドをきれいに嵌め直した。







最初から話そう。


まず、俺は……俺と、双子の妹の澪架深は東校生だ。といっても俺もみかも、がっつり不良してるわけじゃない。ちょっかいを掛けられたら応戦するくらいの、まあギリ一般生徒かな、くらいの立ち位置なんだけど。


その、ちょっかいをかけられる率が、ちょっと、いや結構高い。カツアゲだけで今週何度声を掛けられたか。俺もみかも、そこそこ腕は立つ方なので全く問題にはしてないんだが。


大問題だ!と心配してくれてるのはむしろ先輩たちや寒川だ。東校付属中学に編入して初日に、みかの方が先に知り合って、俺に紹介してきた。
不良率がやけに高い先輩たちの間では、どう贔屓目に見ても不良に見えないみかとヤンキー達が交流を持つのを反対する者と、ナンバー2がいいならそれでいいです、と歓迎してる者に分かれた。俺は後者で、「あの」東校のナンバー2とお近づきになれるなら幸いと、こうして仲良くさせて貰っている。
一般生徒には手を出さないと噂されているのを知っているとはいえ、不良の多い東校で後ろ盾があるのは有難かった。……ということを友達の渋谷に話したら、それいいね、今度俺もやろう、と不穏な事を呟いたのを覚えている。


特によくしてくれているのは、数えれば寒川以外に三人。


ナンバー3の舞苑さん、その同級生の山下さん、大久保さん。


当の寒川はこの中で、なんとなく自分と性格の似ているみかに対して若干対抗心を燃やしているみたいだが、なんだかんだで仲はいいように見える。

あと一人、この東校の番長も、俺達のことを気にしてると話では聞いた。当の番長が学校をサボってることが多いので実際にお目に掛かったことはないが、めちゃくちゃ強くて、かっこいい人らしい。
何度か挨拶しに行こうとしたが、なぜだかいつもタイミングが悪くて捕まらない。連絡先を調べようにも、携帯を持ってないだの、機械に弱いだの、果てはあの人の連絡手段は伝書鳩に限るだの。嘘かほんとか分からない噂ばかりで、直接の連絡は取れないまま。結局、直接仲良くしているのはやっぱり寒川達だけだ。


ところで、おいおい話すが、寒川を含めた不良四人、結構それぞれキャラが濃いのだ。




不良だからというわけでなく、個人的な特質を含めてもこの辺りじゃちょっと有名だったりする。

その四人に囲まれているからかは分からないが、最近よく他校の不良に絡まれる。そりゃ、こっちも応戦するんだから、擦り傷切り傷は多少残るし、それ以上に制服が汚れる。



そのことを、一か月くらい前に、家族に見咎められた。

みかと俺には、上に一人兄が、あと下にもう一人弟がいる。医大生である兄が怪我に気付いて、学校でいじめにでもあってるんじゃないかと問い詰めてきた。




「いじめっていうかさ、」

「最近、なんでか不良によく絡まれてね、」

「まあ、大きな怪我はないし、」

「東校の人たちはいい人なんだよ、ね?」

「……うん」




……嘘は言ってない。そのいい人たちが不良ではあるけど。兄が疑わしそうな目で俺達を見下ろしていたが、俺達は次から気を付ける、と言い張って、その場では許して貰った。









ふっ、と前触れもなく視界が闇に包まれる。なにが起こったのかと自分の目元に手をやって、誰かの手が目隠しをしているのを確認し、事態を察した。


「大久保さんですか」


寒川の拳が西校生に届く瞬間、素早く視界を塞いできたんだろう。いいこは見ちゃいけません、ってことだろうか。俺は余計な質問はせず、されるがままになっておいた。



「誰?誰?」



次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ