始まりと始まりの関係

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風間さんが、あの女好き(本人曰くフェミニスト)の風間さんが、三好さんの手を振り払ったのだ。
それからまた、私の元に戻ってきた。そのまま、勢いのままに私の手を取って、三好さんとは逆方向へ走り出す。
「え、ちょ、ちょっと」
驚いたのは私だ。急に走り出されて転びそうになるも、なんとか体勢を整えてついていく。

肩越しに三好さんを見れば、般若のような顔でこっちを睨んでいた。





「風間さん、風間さん、おいばかざま!!タンマ!!休憩!」


ただ走るだけならまだしも、くそ重い教科書の入った鞄を持ってのダッシュはきついものがある。腕抜けそう。
ゆるゆると走る速度を緩め、立ち止まった足に、手を繋がれている私も足を止める。息を整えながら、離せという意味を込めて繋がれている手を動かすと、拒否されるように握り返された。


「浮気じゃないから――」


心から情けない声を出す風間さん。
「本当に誤解、誤解だから」
腕を引かれて言い募られ、私は一瞬思考停止する。なんのことかと思えば、そういえば三好さんが現れる前にしていた、会話の続きだ。風間さんは小さく喉を鳴らし私を見た。大丈夫、からかっただけだ、遅くなったが弁明しよう――私は口を開く。


しかし、

「今は、君だけなんだよ。信じてくれないなら、僕に近づいてくる女の子をみんな殺して見せてもいい、できるよ、僕は」

そうだ、今度の獲物を彼女にしようと言う、風間さんの口調は真剣だ。

「……ふ」

思わず、笑みがこぼれる。
「わかりました、わかりました、信じましょう」
くつくつと笑いながら言うと、風間さんは、ぱああっと餌を与えられた犬のように笑った。


「それじゃ、帰ろう。――ねえ土生さん、土生さんちでテスト勉強してもいい?」
「だめです」
ちゃっかりと図々しい申し出をしてくる風間さんをいなして、私たちは帰路につく。
手は握られたままだったけれど、気付かないふりをしてあげた。

今日はね。

十一月。少し距離が、近くなった。




***




……流石に、この間の風間さんの「今度の獲物を彼女にしよう」という意見が、日野さんに通ったわけではないと思うのだが、今度の殺人クラブの獲物が三好さんになったらしい。

「一年たちは、面識がないかもしれんが、こいつは、以前から、馬鹿をしているようで目をつけていた相手だ。こいつでいいな?」

殺人クラブの面々が異議なし、とお決まりの台詞を口にした。

「ていうかこれ知ってるわ。この間土生さんいじめてた高飛車女よ」
「あ、ほんとだ」

私の席の両側に座っていた倉田さんと坂上君が、三好さんの写真を見ながら言った。

「じゃあ、全員一致で死刑だな。決行は三日後。土生は練習だ、三好の情報収集をやって、当日、ミーティングの時に情報を俺に報告するように」
「はーい……」

解散、という日野さんの一声。
メンバーが、ばらばらと捌けていった。


「だけど、他にターゲットはたくさん居るのになんで三好さんなのかしら」

さぁ。

「さぁって……反応薄いわね。恋のライバルみたいなもんでしょ。なんとも思わないの?」
「そりゃ顔見知りだし、可哀そうだなとは思いますけど」
「そっちじゃないわよ!ああもう、どこまで聖人君子なの!?自分を虐めてた相手よ!?」
倉田さんは鼻息荒く言い募る。
「苦しめて痛めつけて、目にもの見せる機会よ!」
にひいと嫌な笑みを浮かべて、倉田さんは痛いとこをついてくる。この人可愛い顔して容赦ねえ。
「こう、頭かち割ってやるとか、目にもの見せてやるとか、ないの!?」

倉田さんがファイティングポーズのような動きでしゅっしゅっと手を動かした。私は彼女と目を合わせないようにしながら、ゆっくり坂上くんのほうを向く。坂上くんは小声で話す私たちの前でぶつぶつと考え込んでいた。私は彼の眉間の皺をどうしたのかと思いながら観察する。


「日野先輩はウソをついている。三好さんに目をつけていたはずがない」
「え、なんで?」
「だって、僕ほら、土生さんが虐められてた日。あの日、日野さんに土生さんが虐められてたこと、言ったんだ」
「なんでそういうこと報告しちゃうの」
「あ、いや……報告するつもりはなくて……新聞部の事で、放課後に日野さんの教室に行って、その時に丁度彼女が通りがかったから、その時、土生さんのことを思い出して、ポロッと言っちゃったんだ。その時に、日野さん、初めて三好さんの事を知ったみたいだったから……」
「ということは!」

倉田さんが叫ぶ。

坂上君は、耳を塞いだけれど、倉田さんのほうが早かったので、耳がキーンとしたのか、顔を顰めている。
それを眺めている間に、倉田さんは私の肩を掴んだ。

ところが。


「はやく・帰れ・おまえらはっ!」


ぱんぱんすぱぱんと後ろから頭をはたかれる。振り向けば、新堂さんがむすっとした顔で立っていた。

「固まってたら怪しまれるだろ!」
「それより、新堂さんはどう思います?日野さんの思惑」
「思惑ゥ?」

「もしかしたらー、日野さん、土生さんの事が好きで、土生さんを虐めた彼女が許せなかったから、彼女を獲物に選んだ、とかー」

「マジか」


意外にも新堂さんが身を乗り出して話に乗ってきてしまった。何度も言うけどほんっと恋バナ好きだなこの人。


「ないないない、ないですから」


そういう気遣いしてくれるなら、私に彼女の情報収集なんて命じないだろう。偶然か、本当に前から計画してたか、気まぐれか。

……あるいは、ほんとうに風間さんが申告したか。そう考えた方が可能性が高い。


「もお、土生さんってば、風間さんといい綾小路さんといい、日野さんといい、とんでもない悪女ね!」
「ほとんどデマです!」

全部デマ、と言い切れなかった私に、倉田さんの目が光る。しまった。
やっぱり最近、風間さんに毒されているんだ。
彼が軽々しく、愛だの恋だのを語るから、つい私も考えが引きずられそうになってしまう。


「ほとんど?いくらかはデマじゃないのね?……あ、ちょっと!」


目の前の新堂さんを押しのけて、私はそそくさとその場を後にした。失礼は承知だ。ああもう、本当に、本当に、そんなんじゃないのに!









日野さんから命じられた三好さんの調査は、思ったより滞りなく行われている。なんせ、彼女の方から私に接触してくるのだ。帰り間際に、風間さんのいない時を狙って待ち伏せて、ちくちく、風間さんは今日はこういうことを話してくれた、こういう約束をした、など。

新堂さんが笑って、私の頭に手をのせ、まるで犬の子にするように髪をかきまわす。

「三好は、あれで牽制してるつもりで、必死なんだから気にすんなよ」

日野さんと新堂さんが顔を見合わせて、クックと笑った。
風間さんがあわてて叫ぶ。

「約束とかしてない、してないから」

例のごとく新聞部で新聞部員としての仕事をしている日野さんに定期報告をすると、なんとなく新聞部をたまり場にしているらしい風間さんと新堂さんも居て、殺人クラブ報告会というより恋バナ(しかもほぼ愚痴)報告会になってしまったのだが。

「土生に情報収集を任せて正解だったな」

あっちの方から接触してくれるなら都合がいい、と日野さんは機嫌よく言った。

「交友関係、家族構成、行動パターン、趣味嗜好性癖……聞き出せるものはすべて聞き出せ。それに応じて、奴に相応しいゲームを設定してやる」
性癖は流石に無理だ無茶言うな。
顔を顰めたら、風間さんが、彼にしては遠慮がちに顔を覗き込んできた。
「大丈夫なの、あー、つまりだねぇ……土生さん、随分絡まれてるけど。平気かい?」
たしかに、事あるごとに絡まれるようにはなった。本当に自分が風間さんに相応しいと思ってるならそもそも私なんか歯牙にかける必要ないと思うんだけどな。余裕がないが故の嫌味や意地悪だと分かっているから、そっちは平気なのだ。私が暗い顔をしているのはそっちが原因じゃない。

さっきから、すごく楽しそうな顔で私の方を見てくる日野さん。ぞくぞく、と背の後ろを悪寒が走る。

日野さんは、三好さんを獲物にした時点で、私になにかさせる気なのだ。

調子に乗った獲物。元いじめっ子。

狩る者。虐められていた女子生徒。

日野さんの中では、三好さんと私はこういう設定のくっついたゲームの駒なんだろう。実に日野さんが好きそうな付属設定だ。いい加減、日野さんの好みのパターンが分かってきたぞ。
察したところで、ここで嫌ですと発言すれば、私の立場が悪くなるだけだから言わないけど。


「僕の方から、言おうか。土生さんに、迷惑かけないように」


迷惑!


「私、気にしてないし、むしろ情報収集が楽で得だなとしか思ってないんで」
「あ、そ、そう……?」
「土生も強かになったなあ」
「図太くなきゃこのガッコでやってけませんよ」

舌を出して、そのまま、部室を出る。今日は土曜だ。適当に街を散策して帰ろうと思っていると、私が出てきてすぐ、がちゃ、と部室の扉の開く音がする。振り向けば、予想はしていたけど、風間さんが私を追っかけてきていた。


「いいの?」


速足で距離をつめて、私の横に並ぶと、小声で聞いてくる。
「いいとは?」
「日野は、きっと君に三好さんを殺させようとするよ」
「……やっぱりそう思います?」
「君は、まだ、こっち側の人間じゃない。いざ、殺すことになったら……」
「んなこと言っても」
「ほら、他に相応しい獲物を提案するとかあるでしょ。大川なんてどう?」
「あの人は死なないでしょ」

風間さんのことばに、私は、すこし辟易しながら答える。

風間さん――いや、殺人クラブの先輩は、まだ私よりも日野さんとの付き合いが長い。下手なことをすれば逆に私が獲物になることは明白だ。そのことを言えば、風間さんは渋々といった様子で黙り込んだ。




***




土生さん、と呼ばれて振り向けば、最近顔なじみになってしまった三好さんが立っていた。顔なじみと言ったけど、他にいいようがないからそういっただけで、相手からすればそんなほのぼのとしたものではないと思う。

「最近、風間くんと一緒に帰る姿を見ないけど、別れたのかしら?」
「……いや、」
「是非ともこのまま別れてほしいわねぇ。釣り合わないもの」


別れるも何も付き合ってないんだけどな、実は……。


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