始まりと始まりの関係

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日陰でスポーツドリンクを飲みながら、視線だけで風間さんに抗議の意を伝える。

風間さんは、汗で額に張り付いた髪をオールバックにするようにかき上げ、青いハチマキを取って、まあるい澄んだ目で私のことを見下ろしていた。


「なんのつもりですか、ばかざま」


私は、そっと、小さな声で質問した。風間さんの体操着を引っ張りながら。


「……んー。『周知の事実』作り」
風間さんはうなずいた。

「はぁ?」
「中途半端に噂されるより、もう大々的に付き合ってますアピールしといたほうが問題ないかなって。呼び出しとかさ。僕たちの仲、知ってる人は多いからすぐ広まるよ」


そこで私は、ようやくこの話が、先日の呼び出しの件と繋がることに気付いたのだ。

「綾小路と大川がさあ、あんなに校舎中を走り回ってるのに誰も口出ししないのは、あの二人の関係が公認になっちゃってるからなんだよね。じゃ、僕と君も、そんな感じにすれば、外野からグダグダ言われなくなるかなと思って。僕は別にどっちでもよかったんだけどね」

風間さんの言い回しはいつだってずるい。

私が文句を言うのは間違ってない、でもそんな言い方されたら文句も言いにくくなってしまって、見えない首輪を付けられているような気持ちになる。


「……ただただムカつく……」


結局、子どもが拗ねたときのようにむっつりと黙り込むことしかできなかった。







「ほんとうに一位だったね!すごい!」
「だから言ったろー、僕にかかれば一位なんてお茶の子さいさい」

風間さんの足元にわあわあとくっついている丈君を見ながら、私はやさぐれた気持ちであった。

「丈君、来てたんだ。気付かなかった。……ちょっと背が伸びたね」

この頃の子って、数ヶ月でも結構変わるよね。

ところで、丈君にあのこっぱずかしいお姫様抱っこ見られてたのか。
てか、全校生徒ならびにご父兄の皆様に見られてたのか。穴があったら入りたい。むしろ埋めたい。風間さんを。
生徒だけならまだしも、さっきからご父兄の皆さんが、「あ、さっきの子」って視線を寄越してくるんですよ見せもんじゃねえぞちくしょうが。

「人の噂は七十五日と言いますから……」

丈君のお友達だという、みなみちゃんという女の子が慰めてくれた。難しい言葉知ってるね。
私を見上げて憐憫の籠った目をするから、ああ今の私は小学生が哀れむほど疲れた顔してんだな、ここ最近ずっとな気がするけど。

ムカつく。

私は自分にそう言い聞かせるようにもう一度つぶやいて、やはり拗ねた心地で視線を遠くにやるのだった。

なにかが動かされそうな十月。





***





――そんな彼らの様子を、窓から伺い見る影があった、影があったというのはおかしいかもしれない。彼女には影がない。正確にいうと、実態がない。

こんなにひとりの人間を気に掛けるのは一体何か月、ひょっとしたら何年ぶりだ。あなたは染まらないで、と神に祈るように思ったが、いや、本当は神なんて信じていない。神なんていない。透けて見える自分の手を、窓に触れるようにしている仮面の少女は、そっと唇を噛んだ。



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