始まりと始まりの関係
□38
1ページ/1ページ
体育大会当日。
遠慮なく水筒を頂いて、少ししょっぱい冷水を飲み下す。
「これ、なんか入ってる?」
「あ、あのね、おばあちゃんがね、運動するときに飲むお水には塩を入れなさいって」
「ああ……貧血防止ね……」
私もダンスやってたときは注意されてたっけ。
「三連続での種目参加お疲れ様」
「ほんとさ……急にピンチヒッター頼まれるとは思わなかった」
私は恨めしげに救護テントの方で寝ているクラスメートを見つめて、来年は絶対参加種目はひとつにしよう、だって、どうせ体調不良で抜けた穴を埋めることになるんだ。中途半端に運動ができると結局貧乏くじを引く。
私の憤慨っぷりを感じ取ったのか、元木さんは困ったようにみかん食べる?と私を気遣ってくれていた。
ぐったりとしながら白団のテントに入ると、テントにいた福沢さんと倉田さんにお疲れーと迎え入れられる。
「徒競走に障害物に男女別リレー……よく走れたわねー」
「だいじょうぶー?」
「……」
この二人はねぎらいの言葉をかけてはいるが、障害物の代理走を頼まれた際、「無理!」ときっぱり断っている血の色緑野郎どもである。君ら午後の部まで出番ないんだから変わってくれてもよかったんじゃない?ちなみに元木さんは元々障害物走者だった。
「もーいい、昼休みまで休む……」
ぐたっとテントの中で座り込んだ私の耳に、借り物競走開始のアナウンスが流れてきた。
「ほら、女子は岩下さん出てる」
倉田さんが指を指し教えてくれる。……これは応援しといたほうがいいんだろうか。後が恐いかな。
姿勢を正して、トラックを見ると、岩下さん、と。
風間さんがこっちに走ってくるのが見えた。青いハチマキをしていて、おそらくは借り物競走の借り物のために走ってきたんだろうと分かる。
自分の団の方にいけばいいのに、相変わらず意味のないことをする人だとぼんやり眺めていると、風間さんが本当にまっすぐ、私の方へ走ってくるのが分かって、え、なんでこっち?と狼狽した。嫌な予感がして、暴走した牛を避ける闘牛士のような思いで、私はささっと逃げようとした。
「土生さん!一緒にきて!!」
「だが断る!!!」
来ると思った!!なんとなくそんな気はしてた!!
けど、三連続で全力で競技の走者を務めた私はもうクタクタだ。ほんと勘弁してください。あとさっき水飲んだから、今走ったら横腹が痛くなる。
「風間さん、借り物なんだったんですか?」
倉田さんが、風間さんの持っている紙をちらりと見る。「『恋人』」
「なんでやねん!!!!!」
思わず関西版にもなる。なんでそのお題でこっち来た!!
「でもキスしたんでしょ?」
「ここで余計な事掘り返さないで福沢さん!」
「いいから来てよ」と言ったのは、別に急ぐ様子もなく私の動向をうかがうスンバラリアだ。胸を張った後で、すっと右手を差し出した。
あまりに美しい動作に、私は鳥肌が立つ。
倉田さんは私の背をずずいと押して、風間さんの前に差し出し、どーぞと言った。気分は生贄に捧げられる子羊だ。こっちの世界でも向こうの世界でも、なぜ私の友達になる人は血の色緑なのだろうか。
「いいじゃない、行ってあげれば。さっきの競技より走る距離は少ないでしょ」と倉田さんは無責任に言い放つ。
「じゃ、行こうか」
結局いつも通り強引に、手を引かれてまた炎天下の中に引っ張り出された。後ろから、一年女子達ががんばれーと声を掛けてくれた。
案の定すぐに上がる息。風間さんは憎たらしいことに、足が長いからついていくのがやっとだ。
ふと放送席の方を見ると、マイクを借りたらしい岩下さんが、ちょうどこっちを振り向くのが見えた。ティーローズのように赤い唇が、珍しく驚きの形に「あ、」と開いていた。他の走者達は、まだ借りる物を探してる。ゴールまで私たちは数メートル。岩下さんが今から走っても、おそらく先にゴールするのは私たちだ。
しかし、目が合った瞬間、岩下さんの唇が動く。『とまりなさい』
「わ、ちょっと、土生さん?」
急に足を止めた私に驚き、風間さんも思わず止まる。
「……よく考えたら、私が走る義理ないですよね」
「は?」
「私白団ですもん!!なんで青に協力しないといけないんですか!!」
「は、はあああ!?そういう事言っちゃう!?」
子どものようにその場に踏ん張る私。動かそうと手を引っ張る風間さん。レーンの上で膠着状態に陥った私たちに、青団と白団からヤジを飛ばす人もいた。
「ちょっと勘弁してくれよ」風間さんが言った。「ここで意地張ってどうするのさ」
「意地じゃなくて勝負ですう」私は自分の声がたかくなっていることに気づく。「てか私恋人じゃないし」
他のチームがばらばらと借りた物を持ってレーンに戻ってきていて、風間さんは焦りだした。
「土生さんが悪いんだからね!」
そう言うや否や、風間さんはひょいと私を抱え上げた。いわゆるアレだ。お姫様抱っこというやつだ。今度はヤジとは違う声が飛んできた。
「いえええええ!?」
あまりの展開に、私はじたじたと暴れようとする。
「……」
軽く押さえ込まれた。
――ここで、どんな文句を言っても無駄なんだろうな……
遠い目をした私に構わず、風間さんは勢いよくゴールを超え、歓声が鳴り響く。
----------
あとがき。
早苗ちゃんはよいお嫁さんになると思うのです。不思議ちゃんで一途でかわいい