始まりと始まりの関係

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「お前、本当に自覚ないのか」
「だって風間さんがくっついてくるのはいつものことだし、私の塩対応も変わってないでしょ?」
「気付いてないだろうけどお前、前より風間に甘くなってるぞ」
「まあ、そりゃあ……知り合って暫く経つし、最初の頃よりは態度も柔らかくなりますよ」

自販機で買ったミルクティーをこぼさないように気を付けて、私は首をかしげる。

サボりの定番である屋上でのことだ。
風が冷たい。フェンスに体重を預けながらの雑談。今は授業中だけど、まあそこは許して欲しい、息抜きって大事。


「そういう感じじゃねえんだって……あ〜〜〜、もう、どう言やいいんだ」


新堂さんはがしがしと両手で頭をかき混ぜて、困り果てたように座り込んだ。

「つまりだな、端から見たらお前らは付き合ってるように見える。……つーか、付き合ってるのか、実際」
「付き合ってないです。告白はされたけど」
「は」
「言っときますけど、何回か断ったんですよ」
「……何度かって、お前、何回告白されたの」
「さ……よんかい?」

その言葉に返答は帰ってこない。代わりに、新堂さんの顔に「マジかよそんなにか」という思いがありありと浮かんで見えた。
今まで新堂さんも風間さんが私にちょっかいをかけてきているのは聞いているはずだ。風間さんが話さないわけがない。
だけど今の返答には本当に驚いたらしい。「……あの風間がなぁ……」

呆然とした様子で、新堂さんは空を仰いだ。

「ま、最近風間、ほかの女子の告白とか全部きっぱり蹴ってるからな。本気も本気なんだろ。気をつけろよ」
「気をつけろって何に?」
「岩下がさ、『彼、一途なのは結構だけれど、断り方がなってないわね。あれじゃあ土生さんにしわ寄せが行くわよ』って言ってた」
「……」

「でもまあ、そんな漫画みたいな事そうないよなー」からからと笑う新堂さん。

ねえ新堂さん、フラグって知ってる?





***





「ねぇ土生さんいいかしら、ちょっと話があるんだけど」
「おおっとぉ……」


昼休み、弁当を持って空き教室に移動しようとしていた時、マジできれいなお姉様たちが仁王立ちで、4名ほど教室前でスタンバっていらっしゃた。
「えっと、今から職員室にいくんで……」
「お弁当持って?」
だめだ逃げられない。


「そのままでいいから、来て貰えないかしら」

絶体絶命。


「ここでいいかしら」


私を連行している一人が、足を止める。ここは西校舎。西校舎には特別教室ばかりで、人気が少ない。そのため、西校舎の裏に行くと隔離されたように人がいなくなる。
薄暗い校舎の影に、いくばくかの照り返しの光が差し込んでいる。
私の前を歩いていたお姉さまたちは、ぐりんっと私の方に向き直り、思いっきり私の肩を押した。

よろめいて、校舎の壁に背をついたところで、ばんっと顔の横にお姉様の手がつかれた。思わずビクッと動きが止まる。……正直、前に絡んできた不良の男子より、こっちのほうがよっぽど怖い。


「風間さんはなんでこんな子がいいのかしら」

本人に聞けや。


反抗的な表情が出てしまったらしい、お姉様の目がきっと釣り上がった。


「あなたねえ、からかわれてるのが分らないの?風間さんのことだから、ちんちくりんのあなたで遊んでるだけよ。それなのに、恥ずかしくないの?毎日べたべたとひっついて」


この台詞に、突っ込みたいところは多々ある。べたべたするのは風間さんのほうだとか、ちんちくりんとか。


だが、まず。


「えっ風間さんが遊び人だって分かってんのにわざわざこんな呼び出ししたの!?なんで!?」


……誓って言おう、挑発する気も皮肉を言う気もなかったのだ私は。

ただ、チャラ男だと知っていたなら今更彼が他の女の子を追い掛けたところで、驚くことなどないじゃないか。好きになるなとは言わないが、好きなら好きでその辺りに理解は示しておくべきではなかったか。いったいなぜ彼の性質を知った上で、私に当たるようなことをするのだろう、と、遠い国の戦争の原因を想像するかのような感覚で、思った。
 答えは、望ましくない方向で出た。
「理由なんてどうでもいいのよ、ただあんたがむかつく」
おっと清々しいほどの感情論だ。
そっかー、むかつくのかー、じゃあしょうがないなー。とは、ならない。


顔を引きつらせた私をきっと睨むと、お姉様はきれいに手入れされた手を、すっと振り上げた。そのまま、ぱんっと私の頬を張る。


カシャッ。


「……あ、あの!なにやってるんですか!?」

うええビンタって初めてかまされた普通に痛い……と情けなく私が涙目になっていると、この場に居なかった第三者の声が聞こえてきた。


「……坂上君?」
「土生さんが嫌がってます、離してください」
普段、どちらかといえば気の弱い、事なかれ主義である彼は、少し怒った様子で、上級生達を睨んでいる。
「なにあんた、一年?」
「関係ないなら下がってなさいよ」
「土生さんは友達です、関係あります」


三年生達は、苛々とした様子で坂上君に向き直る。


「男子が出る幕じゃないのよ、ひっこんでなさい」


……ここで割り込んできたのは、やはりよく知る声だった。

「……あらぁ、じゃあ、女子なら問題なし、口出ししていいってことですよね」

まあ坂上君ひとりで来るわきゃないよなと思っていたが、ノーリアクションというのもなんなので、「……倉田さん」と一応驚いた声を出した。

彼女は、校舎の壁から半身をこちらに出して、自分の手にあるカメラを揺らしている。あまりに何かを企んでいる顔で、私ははっとした。そういえばさっき、頬を張られたとき、シャッター音がしたような。

先輩方も、そのことに気付いたのか、さっと表情を青くした。


「お友達の声が偶然校舎裏から聞こえてきたから、様子を見に来たら、たまたま持ってたカメラのシャッターが偶然降りちゃって。いえいえ、先輩方の邪魔をする気はないんですけどぉ、……どうします?」


お姉様がたは悔しそうに私から離れる。覚えてなさい、と言って校舎裏から去っていった。


「……まあこれであの人達は手を出してこないだろうけど、土生さんも大変ねえ、噂話が多いと、敵も多くて」
「……ありがと、助かった……」
「感謝してよね。坂上君にも。坂上君が、土生さんが呼び出されたって教えにきてくれたのよ」
じーんと胸が熱くなる。坂上君、倉田さん、ゲームをしてるときは気弱毒舌少年と、ちゃっかり毒殺ガールとか思っててごめん。


ちゃんと二人とも、友達思いのいい人達だったん……


「土生さんが怪我したら、白団の戦力が減っちゃうじゃない」


「……は?」
「体育大会。私負けるの嫌いなんだから」
そのままぷいとそっぽを向いて校舎の方へ行ってしまう。
「……あの、土生さん……」
「うん、分かってるよ」


残された坂上君が、おそるおそる声を掛けてきた。それに私は手を振って、大丈夫と示してみせる。
これでもそこそこの付き合いをしてきたんだ。彼女の本心が額面通りじゃないことは、ちょっとは分かってる。





***





「……ってことがありまして」

放課後、湿布を貼った私の顔に気付いた風間さんに、事のあらましを伝えた。


「だから風間さん、私に好意を持ってくれるのはもういいんですけど、もう少し、もうすこーし目立たないようにしてくれません?」
例えば、こうやって一年の教室に来るのを控えるとか。
「えぇ、やだ」

こんにゃろ。

「でもそうかあ、女の子達が君の方に行っちゃってたか。そうならないようにきっぱり振ったんだけど、逆効果だったかなあ」

当然のように、私が帰り支度を終えるのを待って、風間さんは私と同じタイミングで動き出した。何かもういちいち突っ込むのも面倒だからそろそろ普通に一緒に帰ることを受け入れてもいいかななんて思ってしまった。
拒否しようがひっ叩こうが結果は変わらないんだから、もう諦めてしまえばいい、もう一緒に帰るくらいいいじゃん私。
心のどこかでそう思いつつも何だかんだで結局隣を歩く風間さんを睨んでしまうのは、きっとさっきのお姉様達のリンチ未遂で気が立っていたから、だ。

「で、どうするんです」

このままだと私、あなたに振られた女の子達の恨みをいちいち浴びせられないといけないんですけど。


「うーん……」


珍しく考え込んだ風間さんに、責める視線を向け続けていると。


「ユッキ―――――――――――――ぃ、まってよぉ――――――――――!!!」


語尾にハートマークでも付きそうな甘い(そして甲高い)声が聞こえてきた。反射的に私は鼻を押さえる。隣の風間さんもそうしていたし、廊下を歩く、声の正体を知っている生徒達も皆慌てて教室に逃げ込んだり鼻を押さえて廊下の端に寄ったりしていた。

風間さんは、私の肩を押して、手近な教室に入る。知らないクラスだったけど、私たち以外にも慌てて駆け込んできた生徒がいたので、そんなに目立ってはいない。
「ユッキ―――――!!」
ダダダダダダ、という二人分の足音と共に、ドップラー効果で消えていく声は、もう解説せずとも分かるだろう、綾小路さんと大川大介だ。私はそっと手を合わせる。最初の頃こそどうにかして助けてあげられないか、考えもしたが、私の良心なんてこんなものだ。風間さんは私を博愛主義者なんて言うけど、私のなにを見てそういったんだか。

その瞬間に私の肩に手を乗せていた風間さんがぴしっと指を鳴らして。


「…………………どうしたんです?」


「いーいこと思いついちゃった。ねえ土生さん、土生さんって足速い?」
「脈絡は分かりませんが平均くらいだと思います」
「そっかそっか」

ふんふんと鼻歌を歌いながら、風間さんはお邪魔していた教室から出る。私もそれに続いた。

……なんか嫌な予感がするなあ。





***





風間さんが企んでいたことがなんだったのか、判明したのはなんと、体育大会当日だった。

「……あつい……焼ける……」

秋とはいえ日差しの強い炎天下。テンションが上がろうはずがない。
毎日毎日鉄板の上で焼かれてやんなっちゃうたいやき君の気持ちが分かる天候である。ただでさえ最悪なコンディションの中、あのバカはやらかしてくれたのである。










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あとがき。

お姉様からの粛正は様式美かなって。せっかく風間さん公式で(man)設定だし。





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