始まりと始まりの関係

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団幕作り担当。
この係は女子が任命されることが多いんだけ、ど。
「みんな知り合いとか――」

「いいじゃない、気を遣わなくていいから」


この図ったようなオールスター。倉田さんのみならず主要女子全員白団。
大分居心地悪い空間だが、私以上に居心地悪そうにしているのが元木さんだ。
以前に七不思議の会や街で顔を合わせたことはあるものの、初対面同然の私と岩下さんにどう接していいか分からないらしく、おろおろと視線を彷徨わせている。岩下さんは面白そうにそんな元木さんを眺めている。この人結構小動物系の子好きだよな。

元木さんを横目で見つつ、適当に話し合いに相槌を打つ。私は特にこうして欲しいという希望はない。
悲しい程にデザインセンスがないので口を下手に挟めない。「必要なものはそのくらいかしらね」

「土生さんは、何も案を出していなかったけれど」

めざとく岩下さんは目をくぅっと細めて、「なにも不満はないのかしら」と声を掛けてきた。責められているわけではないけれど、緊張する。

「特には」
「そう」
「土生さんは早く帰りたいだけでしょ。待たせてるんでしょ、彼氏」
「はい?」

倉田さんは興味がなさそうに「いつも一緒に帰ってるじゃない」と言ってきた。彼女の中で私の恋愛事は、今この場では、興味の琴線に触れるものではないらしい。投げやりな声だった。

「いつもってわけでは」

彼氏ってのは多分風間さんのことだろう。最近いちいち否定するのがめんどくさくなってきた。

「え、でも風間さん、毎日誰か待ってるわよ。あれ土生さんと待ち合わせてるんじゃなかったの?」
「んんん?知らない。どこで待ってるの?」
「校門だったり昇降口だったり、日によって違うけど。昨日は階段に腰掛けてたわよ。少し話したけど、土生さんを待ってるって言ってたわ」
「はああああああああ!?」
腹の底から、かつてここまで叫んだ事があるだろうかと自らに問いただしたくなるくらい、叫んだ。

目を剥いての絶叫に倉田さんは目を閉じて口を一文字に引き結び、耳を塞ぐ。

飛び出たシャウトはこの一室の中でエコーしながら響き、わん、と余韻が後を引いた。

倉田さんのくりっとした大きい目を真っ向から見、私は戦慄く。とんでもないことを聞いた。そんな感じで。

「よくそんなに声が出るわね。声楽部入ったら」
「やだ。……ちょっと待って、それ本当?私昨日風間さんと帰ってないんだけど」
「ええ?」

どういうことだ、という空気が漂う中、口を開いたのは魔王様だ。

「土生さんを尾けてるんじゃない、彼。一緒に帰ってるんじゃないとするならだけれど」


いやいやまさかぁ。

……とは言えなかった。ありえる。奴ならありえる。


「ふーん、ある意味愛されまくってるね、土生さん」
ふーんじゃねえよ。
「だって一緒に帰ってるときは、土生さん嫌そうな顔してるじゃない。妥協点なんじゃないの?彼氏さんなりの」


元木さんがいるからか、あくまで、風間さんを他人として話す福沢さん。黒板から離れて私の隣の席に座った。

右隣に福沢さん、左隣に岩下さん、前に倉田さん、左斜め前に元木さん。

全員がじっと私の方を見ている。

前門の虎後門の狼。四面楚歌。万事休す。

なんか、不穏な意味合いの言葉が頭の中を駆け巡っていった。


「で、どうなの」
「ど、うって」


白状しろ、と言いたげな倉田さんに聞き返し、私は彼女の目を覗き見る。
好奇心の光がそこにあった。
私は眉を寄せると握っていた鞄を自分の方へと引き寄せる。
ずずっと机の上を鞄が滑る音がやけに大きく聞こえた。


「キスはしたの?」
ドストレートに踏み入ってきた。左隣の魔王が。
私の手から鞄が落ちた。
それだけで全部察したのか、福沢さんが口に手を当てて、面白そうに叫ぶ。
「したんだ!?」

「ち、ちが、あれは風間さんが無理矢理、」
「したんだぁ」

にやーっと福沢さんが笑う。

「無理矢理は頂けないわね」
「けど風間さんらしいですよねー、やだぁ結構強引なんだ風間さん」

福沢さん福沢さん、他人のフリ忘れてますよ。

もういい誤解でいい。早くこの話終ってくれ、と願っていたときだった。


「岩下さんのときはどうでした?やっぱり強引な感じ?」


福沢さんが少々意地悪そうにいうことに、


「……一年くらい前かな。風間さん、一時期岩下さんにモーションかけまくってたの。伊達男気取ってたみたいだね。……付き合っては、いなかった、みたいだけど」
「――」
ぶちっと、自分の中で何かがはじける音を、私は聞いた。





***





「……ね、なんで土生さん怒ってたの?」


本日、曇りのち雨。昼頃までの晴天が嘘のようにどんよりとした分厚い雲に覆われた空。こんな曇天を見上げるだけで気分がどんどん沈んでいくのはもはや仕方がないのかもしれない。
だがその沈む気分とは全く関係ないところで、痛む頬を押さえながら風間はゆっくり後ろを振り向いた。

廊下の曲がり角の壁に隠れるようにして顔をのぞかせている福沢、岩下、倉田、元木の表情から、彼女たちが何か言ったのは予想できる。

帰りが遅くなるから、送っていこうと申し出たが拒否された理由、それが彼女たちにあるらしい。恐らく福沢と岩下は確信犯だ。

その二人だけならまだしも、煽り上手の倉田が一緒だ。元木の性格を風間は知らないが、一緒に居るという事は面白がってはいる……のか。

たかが女子、されど女子。風間にも女性経験と言うものはそれなりにあるので接し方を間違えてはいけないことはよく分かっている。しかしだな。


「ねえ、ちょっと、なに笑って、ねえ、……おいちょっと、ほんとに何言ったの?」


みなそれぞれに笑いをこらえているような表情をしていて、思わず風間は低い声を出してしまった。

「ええ〜。世間話してただけですよお。そりゃ、ちょっと昔の話とかしましたけど」
「昔ってまさか岩下さんとの事かい!?」
「すぐにその答えに行き付くって事は、それなりに後ろめたいとは思ってるのね」
「な……んにもなかっただろ、あの時は神川もいたし……!え、ちょっと待って本当に!?本当にそれ話したの!?」
「その話から風間さんの過去の経歴の話になって、いろいろ、ねぇ?」

風間は文字通り頭を抱えた。

いや、近いうちにこうなるとは、風間の過去の色々がばれることは覚悟はしていたのだ。藍も風間の軽薄な噂は聞きかじり程度に知っていたようだし。

恨めしさを込めて岩下を見ると、くすくすと面白げな笑顔が返ってくる。彼女の笑顔はなんとも美しい。美しくて憎らしい。一体どの女子との話をチクってくれたのやら。ばれないように大きく息を吸って溜息を吐いてみる。女の子特有の毒を含んだ甘ったるい香りがする。「あのね、今回僕は本気で土生さん狙ってるの。頼むから邪魔しないでくれない」

「あら、貴方、いつだって本気っていってるじゃない」岩下の言葉に、風間はぐっと声を詰まらせる。おっしゃるとおりだ。

嘘を吐いていたわけじゃない。今までのひとつひとつの、恋、と呼んでいいのか今は分からないが、女子との邂逅は、風間にとって本気だったのだ。たとえ相手が泣こうが怒ろうが、その度に心に留まる愉悦、それを愛と信じて疑わなかった。自分に翻弄されて心を動かす女の子は哀れでかわいい。それは今でも変わらないが、土生藍と話している時に感じるじれったさやふわふわした感覚は今までのものとは違う感覚を風間の中に植えつけている。


「あのっ!」


黙ってしまった風間に居たたまれなくなったらしい、今まで様子を見守っていた元木早苗が意を決したように口を開いた。


『おおわかいのおお……』


!?


『お若いの、いいですかなああ』


しわがれた声が響いた。

開いた口から出たのは早苗の声ではない。彼女の中に住んでいる守護霊たちが光となって可視化されたもの、いわゆるエクトプラズムだ。

風間は思わず唖然とした表情になる。


「え、何この声」
「エクトプラズムですよ」
「風間さん、私の十三階段の話聞いてなかったんですかあ?」
『孫と一緒に話を聞かせて貰ったのですがな、随分とまあ女泣かせなことで』
「本当になに喋ったの君ら!!」
「予想はできるでしょう?」
「できても言いたいの!」
「自身の過去を悔いてください、ば風間さん」
「なんか余計な一文字がついてるんだけど!!怒るよ!?」
「土生さんが言ってたから」
「土生さ――――んっ!!」


そういえば以前彼女にも言われた。
女子(守護霊含む)に遊ばれて、風間はがしがしと頭を掻いたのであった。


一番話がしたい当本人は、先程風間の頬にビンタを一つ入れて行ってしまった。ちなみに、いきなりひっ叩かれたのではなく、送るよ、結構です、の問答の末、しつこく食い下がる風間に藍がキレてかましたのである。それでも、いつもの藍ならば食い下がれば嫌そうな顔でも折れてくれるのだ。そうならずに拒否のビンタが返ってきたということは、結構えぐい女性遍歴のあれそれをバラしにバラされたのだろう。こういうときの女子ってなんで妙に連携してくるんだろう。普段は笑顔で互いに毒づいてるくせに。

やっぱり女の子を敵に回すべきじゃないなとか何とか思いながらため息をつき、そのまま女子たちに背を向け、去ってしまった藍を追いかける。

「……彼が女の子との会話を打ち切るなんて、本当に好きなのね」
「岩下さん、まさか今まで気付いてなかったんですかぁ?」
「そうね、私、おめでたい恋愛脳じゃないから。貴女と違って」
「えっ岩下さんがそれ言う?言っちゃいます?」
「廊下で冷戦開始するのやめてください、寒いです……あれ?」

倉田は隣に立つ早苗を見る、いや、正しくは早苗が吐くエクトプラズムを見る。
ゆらりゆらりと漂うその煙は、風間が去った方向をじっと見ていた。


『のぞむ、という名は、望月を手に入れようと足掻く人の形じゃがのう』

『名が示す通り、亡う者になるか、それとも月を手にいれるか。さて、あの若いのはどう転ぶかのう』

『青春じゃのう』

『早苗の想い人もあれくらい思い切りがいいと助かるんじゃが』

「……」


倉田は、エクトプラズムをがっと掴み、早苗の口の中にぎゅむぎゅむと押し戻す。話の内容が坂上寄りになってきたのはまずい。ここに、無自覚恋愛脳の魔王様がいるのだから。

「はっ!あ、え、恵美ちゃん、風間さんは?」
「いっちゃったわよ。土生さん追っかけるって」
「そうなの。……うまくいくといいわね」

自分と坂上を重ねてでもいるのか、早苗は愛と風間の行く末に協力的だ。いや、別に他三人も協力したくないわけではないのだ、面白そうだし。ただ、ちょっかいをかけてからかいまくった方が自分たちが楽しいから、あえて爆弾投下をして様子見しているだけで。


「土生さんが幸せそうなら別に誰と付き合ってもいいのだけど」


岩下は、片手を頬に当てて首を傾げた。


「……からかいたくなっちゃいますよねえ、あれは」



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