始まりと始まりの関係
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鳴神学園は、珍しくも屋上を封鎖してない学校だ。
それが仇となって、色んな事件が起こったり、不良の溜まり場になっていたりするのだが。
たまにぽかりと人のいない時間ができる。その時間を見計らったわけではないが、新堂誠は誰もいない屋上のコンクリートに立つと、気持ちよさそうに伸びをした。
昼休み、昼食は済んだ。五限目は自習。最高の昼寝日和だ。
夏の暑さも少しずつ薄れてきているが、まだ日が暑い。
新堂は影を求めて、給水塔をぐるりと回った。
「……新堂」
「なんだ、居たのか」
1人だけだと思ったら先客が居た。
先客、風間望はフェンスに背をもたせた格好で座り、新堂と同じように昼寝をしようとしていたところだったらしい。眠そうな顔で新堂を見上げた。
新堂はフェンス側でなく壁側に寄り、そこに横になった。
「………………新堂、今暇?」
さっさと目を閉じた新堂とは対照的に、風間はぱっちりと目を開け、ずりずりと新堂の方ににじり寄りながら何やらぼそぼそと話しかけ、それから伺うようにして新堂の顔を見つめた。
けれど元々風間が居る時点で話しかけられるのは分かっていたのか、新堂は片目を開けて、「寝る」とだけ言った。
「前に新堂が言ってたさあ」
構わず、風間は話し続ける。
「本気の奴は付き合ってる途中で別の女にちょっかいかけたりしないっての、本当だったんだね。今日何人か女の子と話してきたんだけど、なんか『違う』んだよねえ」
「……」
むくりと新堂が起き上がる。
「……お前の話か?」
「他に誰がいるのさ」
「好きな奴ができたのか?」
「うん」
「お前が!?」
新堂は信じられないというように目を剥いた。
「お前、特定の相手は作れない奴だと思ってたよ。で、相手は誰だ?土生か?それともまた岩下か?」
「……岩下さんにちょっかいかけてた時の事は思い出させないでくれ。……土生さんだよ、この間告白したんだけどさ。はぐらかされた」どうやら風間は眠ろうとしていた訳ではなく考え事をしていたらしい。風間は地面にめり込む勢いで肩を落としながら盛大なため息を吐いた。
彼にしては珍しく本気で参っているらしい。
すっかり眠気の覚めてしまった新堂は、がしがしと頭を掻いた。「そもそも、土生とお前、なんであんなに仲良くなってたんだ?前からの知り合いか?」
「ううん、たまたま僕が、彼女の秘密を知っただけ」
ふー、と風間は細く長く息を吐く。「……彼女が頼ることができるのが、たまたま僕だっただけ。条件が合えば、それこそ新堂でも荒井君でも、細田でも綾小路でもよかったんだ。ずるい、ほんとずるいよ」
「何が」
「だって僕は、土生さんが土生さんじゃなかったらこんな風にならなかった。他の誰が彼女の立場でも、こんなに好きにはならなかった。僕ばっかりこんなに好きで、ずるい」
風間はずるずると体育座りの姿勢になり、拗ねたように口を尖らせた。
「みんなそうなんだよ」
「みんな?」
「みんな。お前が今まで考えてなかっただけだ」
そう言うと、風間は「ふうん」と納得したのかしていないのかわからない微妙な返事を返した。
***
男性特有のあたたかな匂いが私の鼻孔を緩やかにくすぐる。
いっその事全部が全部計算だったらいいのにとは少なからず思ったりもするが、そんな私の内心など気付く素振りも見せないハイテンションの風間さんは、私を腕の中にすっぽり納めたまま擦りつけるようにして鼻先を私の晒したつむじに寄せるから、私は背後への肘打ちをもってその行為をやめさせる。小さな呻き声の後、不満を言う声が振ってきた。
「土生さんさあ、最近やけに僕に対する当たりが厳しくない?」
「ここがどこか考えろバカ野郎」
こ・こ・が、のところで私は床を指差した。ここは放課後とはいえ私の教室のド真ん中。HRが終わったばかりなのでまだ全然人が捌けてない教室の、私の机のところでこのバカは恥ずかしげもなく人に抱きついてきた。思わず敬語も飛ぶ。
「なんだろこれ……ほら、あれだ、つんでれ」
「一回その鼻っ面ぶん殴らせて貰っていいですか」
丁寧に聞くと、ようやく風間さんは私から離れた。
「ねえ土生さん、今日一緒に帰ろう」
「なにかあるんですか?」
「一緒に帰りたいだけだけど」
……なんというか、風間さんの好意はストレートで一瞬反応に困る。いやいやこの人は根本的に頭の構造が子どもと同じだからそんなに意識することはないのかも知れないけど。
ここ最近、やけにスキンシップが増えてる気がする。
どうせ気紛れ、どうせすぐこの恋人ごっこも終わる、と考えても心のどこかではそんな訳がないと分かっている気がする。
案の定答えは見つからないままただ静かに風間さんの顔を見上げるだけの私。風間さんはへらへらと笑っている。動物園に連れて来られた子供のようだ、と思いながら私は、渋面でしっしっと手で払う仕草をし、昇降口に行っておいてください、先に、と風間さんを教室から追い払いながら帰り支度を始めた。
***
ここで、裏口から帰ろうと思わないのが私のお人好したる所以なのではないか。
廊下を進んで少しして私は漠然と考えた。
「よう、久し振り」
私の思考を遮るように、軽く片手を上げて挨拶してきたのは、丁度階段の方から降りてきた新堂さんだ。苦笑いしながら私に近付いてきた。少し日焼けしている。
「お久しぶりです」
肘打ちをきめた時と同じくらいの低い声で挨拶を返せば、今になって漸く私がご機嫌斜めなのが分かったのか、新堂さんが突然私の頭の上に手を伸ばして子どもにするようにわしわしと撫でて来るから目を丸くさせてしまう。
子供扱いされてる気がするんだけど……
新堂さんの手がすっと離れるまで私が考えていたのは、怒りよりも、情けないような気恥ずかしいような、なんでもないようなことと、新堂さん弟か妹でもいるのかな、ということだった。
土生、最近どうだ。新堂さんは、私から落ち着いた声を引き出すように再度言ったが、私は、「まあまあです」なんて無難な返事しかできなかった。
「土生……」
そんな私を見て、新堂さんが真剣な声で名前を呼ぶ。
「落ち着いて聞いてくれ」
思わず、喉の奥から上ずった返事が漏れる。新堂さんは私の返事を聞いてひとつ頷き、ゆっくりと口を開いた。
「最近、風間がやけに近付いてこねえか」
真剣な表情で真剣な声で真剣な空気で言われて。
真剣な表情で真剣な声で真剣な空気で返事をして構えていたのに。
「悪い、風間をけしかけたの俺だ」そんなことをほざかれたので、私はその逞しい首筋に叩き込むようにして手刀を振った。苦悶の表情を浮かべる新堂さんのシャツの袖から手を離し、代わりに胸のあたりのボタンを布ごと掴む。
「どういうことです」
「……ってぇぇ、お前、いきなり……」
「あのアホが更に最近アホになったのは新堂さんの所為ですか」
「……あのな、お前、俺も風間も一応先輩だぞ」
「教室のド真ん中で恥ずかしげもなく抱きついてくる奴をアホといわずになんといいますかっ!」
「……まあ、否定はしにくいけどよ」新堂さんは、叩かれた首筋を軽く擦る。
人通りの多い放課後の廊下。
私たちはそっと廊下の端に寄った。
「あいつ、本気でお前の事考えてるみたいだからさ」
呟くと、新堂さんは少し疲れた顔で息を吐く。
まるで、言いにくい言葉を、そうやって押し出しているようだ。
「お節介だろうが、後押ししたんだよ」