始まりと始まりの関係
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※今回は流血表現があります。
美津見が藍に拘るのにはわけがある。数日前、大川が「異世界人の所為で自分の契約が揺らいでいる」と騒いでいたためだ。
その大川は、最近藍を呼び出し、契約にちょっかいを出した云々は誤解であると納得したのだが(むしろ面白い玩具二号と認識してしまったのだが)、美津見はそれを知らなかった。
「私、まだ八重樫君の力になりたいもの。……それを脅かす存在は、なるべく避けておきたいの。ごめんなさいね」
眠ったままの藍に囁き、美津見はそのまま教室を出ようとする。慌てた不良が、美津見を引き止めようとした。
「お、おい、結局この女、どうすれば……」
「言ったでしょう。あなたたちの好きにして。新学期に私達に関わるような立ち位置にいないようにしてほしいってだけだから、何をするかはご自由に」
にこ、と優しい笑みを浮かべる。
「でも、確実にね。繰り返すけど、処遇は任せます。ちょっと怖い注意でもいいし、なんだったら、貴方達が最初に会った日、『私にしようとしていたこと』をしても私は構わないの」
不良達がばつが悪そうに顔を見合わせる。
柔らかく微笑む自分の表情を彼らがその脳髄に刻み込ませてくれていたらいい。
「少し意地悪を言っちゃったわね。ごめんなさい。じゃあ、あとはよろしく」そして、自分の愛する『彼』の手駒になってくれればいい。
少女の姿をした悪魔は、今度こそ本当に教室から出た。
『彼』なら悪魔の自分でさえも愛してくれるって、信じてる。
後に残されたのは、眠ったままの藍と、不良が二人。
「行くか?」
美津見の言いつけを守るため、不良たちも少し間を置いて教室から出て行った。
「生徒も教師も追い出した方がいいんだろうな、お楽しみのためにはよ」
藍は目を覚まさない。
***
坂上はせっせと一人で会場のセッティングを始めていた。
時刻は午後五時。夏のため、まだ日は高い。
日野は宿直の白井先生に挨拶してくると言って、離脱して校内を回っている。倉田と藍は、まだ帰ってきていない。他の新聞部のメンバーは、もう公民館に向かった。
つまり、部室に残っていたのは、坂上ひとりだった。
蒸し暑い空気が肌にまとわりつく。
これから怖い話を聞くという緊張感もあるのかもしれないが、その空気がいつもより不快で、坂上はあまり……いや、かなり気分を落ち込ませていた。
誰もいない部室の中、しんとした空気を噛みしめながら、坂上は窓の外に目をやる。夕立が近いのだろうか、灰色の雲が空を覆い始め、明るかった空を黒く染めていた。
そんな中、部室の戸が叩かれる音がする。
新聞部の誰かなら、ノックはせずすぐに入ってくるはずだ。
「おいっ開けろ!電気ついてっから人が居るのは分かってんだぞ!?」
「失礼ですけど…………どちら様ですか」
壁に掛かっている時計をチラリ。
まだ、語り部達が集まるような時間ではないことを示している。
「誰でもいいだろうが……早く開けろ」
別に部室のドアに鍵を掛けているわけではないのに、こちらが開けるまで開けないのは律儀というかなんというか。
明らかに教師のものではない声に、びくびくしつつ、坂上はゆっくり部室のドアを開けた。
「なんだ、一年が一人か」
そこに立っていたのは、明らかに穏やかじゃない顔つきの大柄な男。ピアスを開けているわ髪は染めているわで、お世辞にも素行の良さそうな人間には見えなかった。
「何のご用でしょうか……」
「帰れ」
「は」
ぽかんとする坂上に、突然の来客者は「帰れ」と繰り返した。
「これから俺達のお楽しみが始まるからよ、お前、捌けろよ」
「え……あ、あの、困ります。僕、先輩に言われて集会の準備しないと……」
「じゃあお前から先輩に帰りましょうって言っておけ。いいな」
「そ、そんな……」
座学の成績は平均。美術と体育の成績は2の坂上が不良と対峙して勝てるとも思えなかった。
もごもごと声にならない声を出す。
「なんだ、文句あるのか」
じろっと見降ろされ、坂上が身を竦ませた。
さて、どうしたものか。
そんな時。第三者の高い声が間に割って入る。
「ええ?あ、福沢さん……」
「覚えててくれてありがとう、久し振り。で、この怖そうな人誰?」
「福沢さん……!そんなはっきり言っちゃ……!」
困った坂上に、廊下の方から顔を出して話しかけてきたのは語り部の一人、福沢玲子だった。
坂上にとって、彼女は先日の七不思議の集会で、笑顔で怖い話(倉田は作り話だと呆れた顔をしていたが)をしていた、印象深い人物だった。同じ学年というのもあったからかも知れない。坂上は助けを求めるように福沢を見た。
「坂上君も割とはっきりいうよね」
きゃらきゃらと笑ってから、福沢は自分を睨み降ろしている不良を見返した。
「……あれ、よく見たら、あなた、八重樫君の不良グループの人じゃない?」
「あ?」
「そのピアス、見覚えあるもの。どうしたの?八重樫君になにか言われたの?」
不良が焦ったように身を引く。八重樫彰という一年生は、彼ら不良のリーダーだ。そのリーダーを親しげに呼ぶ福沢が、八重樫とどんな関係であるか分からないため、対応に困ったのだろう。
「あのさ、私達ね、帰るは帰るからさ、ちょっとここで待たせてよ。この後ここに集まる人、結構いるからさ。私たちが何も言わずに帰っちゃったら、後から来る他の人たちが困るじゃない?」
不良に物おじせず話しかける福沢。
不良は、少し迷いはしたものの、渋々と言った様子で頷いて、その場を後にした。ほんとはその場で二人を追い返したい気持ちが透けて見えていたが、引かなければ福沢が八重樫の名前を持ち出してきそうな気がしたのだろう。
「まずききたいんですけど」
部室に鍵までかけ、「掛けてください」と福沢を座らせるなり、坂上は気合いを入れて福沢にむきなおった。
「なんで福沢さんがこんなに早くきたんですか?集会は六時からだと伝わっていませんでしたか?いつからさっきのやりとり、聞いてたんですか?」
「いっぺんに聞かないでよ。余裕のない男子は嫌われるよ〜?」
ぷくっと頬を膨らませ、福沢はテーブルに肘を付いて、面倒臭そうに答える。彼女の小柄な体型も相まって、子供のように見える。倉田の方が小柄で、顔も童顔なはずなのだが、倉田は見た目に反してしっかり締める所は締める性格であるためか、幼い印象はあまりない。
「えっとね、まず私が早く来た理由ね。これは簡単だよ。六時からって聞いてたんだけど、私、部活のある友達と一緒に学校に来てたから大分早く学校に着いてたんだよね。それで暇潰してたんだけど、飽きちゃって。早めに部室に行ってようと思ったら、坂上君が絡まれてて、びっくりしちゃった」
「……で、さっきの不良が『帰れ』って僕に言ってたのを知ってるってことは、福沢さん、結構早くに僕と不良の会話、聞いてましたよね」
なぜ助けてくれなかったのかという非難の口調は、福沢に軽く受け流される。
「うふふふ、だって、怖いじゃない、不良」
悪びれもせずにそう言い放つ福沢に、坂上は心の中で「この人、苦手かも知れない」と愚痴を零した。
「ね、日野先輩たちは?」
「日野さんは、他の語り部の人たちを探しに行ったよ……倉田さんと土生さんはどうしたんだろ、写真を撮りに行ったにしては、遅いな……忘れ物でも取りに帰ったのかな」
確か、倉田の家は学校から徒歩で行けたはずだ。犬の散歩でたまに鉢合わせるから坂上と同じで学校の近くに住んでいるのだろう。そんなことを話していた時。ガチャガチャとドアノブを回す音がして、噂の倉田が部室の外から声を掛けてきた。
「ちょっと、誰かいるの?なんで鍵掛かってるの?」
「あ、ごめん!」慌てて坂上が鍵を開けに行く。不良がもう来ないようにという事ばかり考えていた。倉田や日野が部室に戻ってきた時のことを考えていなかった。
「あれ、福沢さん、来てたのね」
「お邪魔してま〜す!」
倉田は元気よく答えた福沢に会釈を返す。
「土生さんは?」倉田は坂上に向きなおった。
「え、倉田さんと一緒じゃないの?」