始まりと始まりの関係

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昼休み、一年教室に現れた大川大介は面貸せ、と言うように指で私を呼び付けた。
一応先輩だから言われた通り赴いたけど。体臭が凄くて鼻が詰まったような声を出してしまった。

「それで、単刀直入に聞くけどさあ」
屋上に着くなり、一言。


大川はねっとりとした表情を浮かべながら、「君の、目的、教えて」と口に出していた。区切った一言一言に合わせて、私の口の辺りを指差している。

これはちょっとした尋問だろうか。答え一つでデットオアアライブな状況ってやつか。




「目的といわれても」呟いてみるが、それで大川が納得するわけもなかった。


「目的だよ。君がユッキーに近付く目的。誘惑したと思ったら殺そうとしてみたり、異世界に連れて行こうとしたり」

「すいませんどれも全く身に覚えがないです」


「んん?」大川は不思議そうな表情を浮かべ、立てていた指先を更に私に近付ける。反射的に仰け反りながら、口が開く。


「身に覚えがないです。キス云々の噂はデマです」


ここで、気付いた。この言葉は、私が意識して出している言葉じゃない。大川が指を付き出してるのに合わせて、勝手に口が答えを紡いでいる。


悪魔と対峙している、という事を実感して、私の肌が粟立った。


「自覚がないのか。性質が悪いな」


吐き捨てるように言われたが、今この場で性質が悪いのは間違いなく大川の方だ。
なにこのセルフ自白。


「ゆ、誘惑はデマだとして、殺すとか連れてくとか、ほんとに分かんないんですけど」

「高木っておばあさん、ユッキーにけしかけてきたの、君でしょ。追っ払うの大変だったんだからね。あれ」


高木ババア――――ッ!


すっかり忘れていた名前が、ここで出てきて、頭を殴られたかのような衝撃を受けた。

そうか。そうだ。

吉田から綾小路さんは高木ババアの噂を聞いた。ならば彼の元に高木ババアが現れるのはわかりきっていたことだ。休みをはさんですっかり忘れていたけど。


比喩じゃなく頭を抱えて、大川を見返す。


大川は、怪訝そうな表情を浮かべていた。疑っているというよりは、ショックを受けている私をじっくり観察している。


人間に化けたその悪魔は、綾小路さんがいないとなると、被っていた猫を脱ぎ捨てるらしい。冷たい瞳は人間のそれとは程遠い。脂ののった清潔感のない姿をしているが。


「本当に自覚が無かったのか、人を殺しかけておいて」

「すいませんでした。ほんとすいませんでした。その節はありがとうございました」


危うく殺人犯になる所だった。いや殺クラに入ってる時点で危うくもくそもないんだけど。

……っていうか、私が謝ることかぁ?元はと言えば吉田のバカのせいじゃんよ。

私が素直にお礼を言ったからか、大川は意外そうに「ふうん」と鼻を鳴らした。
「君はバカだけど、バカなだけなんだね」
「……褒めてます?」
「蔑んでる」


さらりと悪魔らしく手ひどい言葉を言って、大川は手を降ろした。


「行動に一貫性が無かったし変な匂いもするから、なにか企んでると思ったんだけど。ただのバカに気を揉んでた僕が馬鹿みたいだ」

「変な匂い?」

「この世界とは違う匂い。……まあ、初めて会った時よりは薄くなったかな」


警戒を解いたからか、大川の口調が少しだけ柔らかになった。


「ユッキーほどじゃないけど、僕は鼻が利くから」

「……そーいう匂いって、やっぱ悪魔とか幽霊には分かっちゃいます?」


「さあ。気付かない奴もいるんじゃない」


興味無さそうにそう言って、大川は鼻の頭を掻いていた。もうこれ帰っていいですかね?失礼だけど一動作一動作が不快感を誘うので一緒に居るの辛くなってきた。大川も分かっててやってるだろう。こっち見てにたにた笑ってる。

耐え切れず目を逸らす。それがいけなかったんだろう。視界の端で大川がにやあ、と笑うのが見えた。




数週間前、私が元の世界で初めてアパシーをクリアした時、友人にこう訊ねた。


「大川ってさ、悪魔だよね」

友人は「そうだよ。そのシナリオでは」と簡潔に答えた。


「悪魔なら、体臭くらい消せるんじゃないの?体臭さえ消したら、万事解決じゃん?」

「そうしないと面白くならないからでしょ」


自称オカルトマニアの友人は、身も蓋もない事を言った。私の渋面を見て、友人はこう付け足す。


「ストーリーがどうこうの話じゃなくてさ。大川としてはってこと。大川が見たいのは、従順なわんこじゃなくて、必死に腕を引っ掻いてくるにゃんこの無駄な抵抗なんでしょ」

「例え!」

「つまりはいじめっ子の心理なんだって。反応なくなっちゃ面白くないの。相手のいやっそーな反応が好きなの」
たぶんね、と付け足してたけれど、いやに納得できる理由だった。
「大川は、気に入った人間の苦しむ姿を見るのが悦びなんだね。かわいそうに」


回想終了。


目の前の大川はにやにや笑ったまま、私に一歩近付いた。私も一歩距離を取る。それがスタートの合図だった。

バアン!!と屋上の扉を開け放って、階段を駆け下りる。昼休みという事もあって人目を憚るには少々無理がある状況であった。その上、鳴神は人数が多いので人のいない廊下を選んで逃走なんて無茶な話である。そのくせ怪異が起こる時は都合よく人はけしやがる。


今回も人はけしてくれりゃいいのにこういう時に限ってご都合主義は働かない。この学校絶対生徒を陥れようとするなんらかの力が働いてるよね。

そんな事を考えながら、人気のある廊下を駆けるのだが――





「なんで追って来るのおおおおおおおおおお!!」

「あはははははははは」


綾小路さんに向けるものによく似た笑顔を浮かべ、大川が後からついてくる。とことことっことっこと〜♪などという森のくまさん的なファンシーさは当然ない。ドスドスドスドスと追って来るのはくまさんでなくあくまさん。落し物なんぞ届けなくていいから全力でバックトゥヒア(Get back hereと言いたい)してほしい。
私も必死に逃げるが大川も早い。流石毎日綾小路さんと追いかけっこしてるだけあるってわあああああ超すぐ後ろに距離詰めてきた何この人!じゃない悪魔!




誰か助けて、と歯を食いしばり祈った時だった。


「土生さんじゃない!なになに、修羅場なの!?」

購買のパンとメモ帳、シャーペンを握った倉田さんが横に並んで走って来た。救世主じゃなくて暴走娘きちゃった!


「うっ……臭い」


そして坂上君と全く同じ反応!流石主人公ズですね!


「く、倉田さん助けて!」


「修羅場?綾小路さん関連?」
「……………修羅場っちゃ修羅場!綾小路さんは関係ないけど、きっかけはあのデマ!どうしてくれんのもおおおお!!」
「私が広めたわけじゃないわよ。私だってそこの、えーと、大川さんから聞いたんだもの」


私達は何だか競争をしているみたいに、顔だけ向かい合って言い合い、そして次の瞬間には二人そろってキキキッと止まった。


今、なんつった。


タイミングを見計らって左に退く。二・三歩私を追い越した大川。その背に向かって、私は思いっきり飛び蹴りをかました。



土生藍、齢16。得意技はクランプダンスとキックウォーク。



荒井さんじゃないけど蹴りのキレには自信があります。

「ぐっ!?」


走っていて勢いがついていたこともあって、大川は派手に転んだ。


「っざけんなテメーデマだって知ってたんじゃねーかアアアアアアアアア!?」

「土生さん案外運動神経いいのね」


冷静にコメントを残す倉田さん。「あ、そうか、大川さんが言ったって内緒だったわ」


「そう!それ!なんであく、大川さんと倉田さんが!?」


人を指差すのは失礼だと、と思いつつも、倉田さんの激白は見逃せないものだったので倉田さんに詰め寄る。
倉田さんはしまった、というように口を押さえている。


この子いつの間に悪魔とタッグ組んでたの。やっぱりこの世界の主人公(の一人)は格が違う。末恐ろしい。


のそりと大川が起き上がる。「僕がちょっと協力を頼んだの」

「なんで!?」

「だって僕さっきまで君の事不穏分子だと思ってたからさあ。始末しときたかったんだよね」


蹴られたことは軽く流している。大川にとっては大したことじゃないらしい。私は私で蹴ったことに謝罪をする気なんてさらさらなかったけど。


「その新聞部の子を使って七不思議の集会、失敗させたらあとは勝手に君の『ボス』が君を始末してくれるでしょう?そこまでちゃあんと調べたんだよ君の事」本当はもっと罵りたかったけど、このまま口論がヒートアップすると大川がうっかり殺人クラブのことを口走ってしまいそうなのでこの辺りでやめておいた。多分、奴はわかっててこんな言い方をしている。現に倉田さんがきょとんとした顔で「ボス?」と呟いていたのだ。後で適当に誤魔化す。


「行こ、倉田さん」

「えっ」


残念そうな声を上げる倉田さんの手を引っ張って、一年教室の方へ戻る。大川は追って来なかったけど、「またねえ」となにやら不穏な言葉を最後に掛けてきたのが本当に心配だった。





***





「ああそうだ、七不思議の集会、夏休みの間にやるから」唐突に、突然に。私と日野さんと、日野さんを待っている新堂さん。三人きりの部室の中で、日野さんは一学期に発行した新聞の整理をしながらそう言った。仕事をしながらこの話題を持ち出すのは、七不思議の集会と銘打っている以上、カテゴリとしては殺クラでなく新聞部の話題に入るからか、それとも単に忙しいからか。後者かも知れない、日野さんは発行所への連絡とか予算に合わせた発注だとか、なんだか私には分からない事で本当に忙しい。日野さんの仕事内容を聞いて、謎の土下座をしたくなったのはつい最近の事だ。


「なつやすみ……」


夏休みはめいっぱい、向こうの世界に帰る予定でした。友人とスキー行く約束もしてる。


「土生、俺も随分と長くこのクラブの活動をやっているんだが……一度でも殺しの快感を知ったら嫌悪感はなくなる。あまりそう俺達を敬遠するなよ」



更に窓際にいた手持ち無沙汰の新堂さんが、クスクスと笑いながら後に続く。
「お前図書室で、人を傷つけたことも裏切ったこともあるって答えたじゃねえか、素質あるぜ」

「……」

今の沈黙は夏休みもあっちとこっち行ったり来たりすんのかよめんどくせえなって意味の沈黙だったんですが。ここでそんなこと口にするほど私空気読めない女じゃない。


「人を傷付けたことも裏切ったこともないって堂々と言える人が居たら顔を拝みたいもんですね」

「悪いな、もう死んじまってるよそいつら、ひゃはははは!!」

「新堂、声」

「ごめん」


何この二人面白い。

「でも夏休みったって、どうやって連絡とるんです?皆さんも予定とかあるでしょ?」


そう言うと、日野さんは一枚の紙を差し出してきた。乱雑に破かれたノートに、数字が並んでいる。


「メンバーの電話番号だ。頭に叩き込んで燃やせ」

「えっちょ、無理、無理無理無理一般的な人間の脳で完璧に記憶できる数字列は18個が限界です!」

「じゃあ大丈夫だろうに」

「10×7で70じゃないすか!」

「下四つ覚えればいいんじゃねえのか」

「それでも難易度高いです!絶対忘れる!」



ダメだ。頭の中がグチャグチャしてきた。

私は、ちがうことをきく。


「気になるのは、坂上君と倉田さんの予定ですね。日野さん、二人の予定は確認したんですか?」


首を横にふる日野さん。

無理もない。夏休み前はとにかく期末期末期末。クラス毎に課題は出されるわ課外があるわで他人の事なんぞに構ってやる暇がないのだ。

どうする?

私は椅子の背もたれにぐっと体重を掛ける。頭を後ろに反らすと後ろに居た人物と目が合った。


「……思ったんだけどよ」


新堂さんだ。

「坂上と倉田に夏休みの計画表作って持ってこさせればいいんじゃねえか。新聞部の先輩命令って事にすりゃいいだろ」


彼の言葉に、日野さんと私はばっと顔を上げた。


「ナイスアイディア新堂さん。それ語り部の皆さんにも書いて貰いましょうよ、都合つけやすくなるし」

「こないだバスケ部がそれやってたからよ」


得意げな新堂さんをやいのやいのと持ち上げてから、日野さんが部室のパソコンを点ける。ぱぱっと表を作ってプリントアウトしてから私に渡してきた。


「三年組は俺と新堂で回しておくから二年と一年行ってこい」


今の時間ならまだ課外やってるだろうと日野さんに言われ、露骨に嫌な顔をしてしまった。実は私と新堂さんは課外サボり組である。日野さんは許可を取ったそうだが、バカ二人は教室の真面目な雰囲気に耐えられなかった。

こういうところができる人とできない人の差なのだ。

私の表情を見て、何が言いたいのか察した日野さん。



「俺は再三、部活に支障が出るから普段の学習生活態度には気をつけろと言っていたはずなんだがな……」














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あとがき。

大川が書きやすくて驚いてる。
あのルックスで俊敏なんてもう存在が反則だと思う。




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