始まりと始まりの関係

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※アパシーミッコレの七不思議対決のルートのネタです


「そろそろ坂上が来るころか」
ロッカーに潜んで数十分。
日野さんは声を落として、真剣な表情になる。そして、私に缶ジュース(当然のようにおしるこ)を渡す。



「始まると結構長いからな、水分補給用だ」



じゃあもっとマシなチョイスにしてくれよ。漆原教授といい、どこぞの緑の人といい、どうして眼鏡を掛けてる人はおしるこをプッシュしてくるのさ。選ばれたのはおしるこでしたってかやかましいわ。


そう思いつつ素直に缶を受け取った時、ようやく部室のドアが開いた。


「たのもーーーっ!!!」
「「は?」」
思わず声が漏れる。ロッカーの中だから部室に入ってきた人物は分からない。分からないがこの声には聞き覚えがある。
「倉田?」
どういうことだ、と日野さんが私に視線を送ってくる。いやいや知りません。視線だけで返事を返す。そういえば、倉田さんはこの集会にやけに執着していた。そう思い始めると、根が単純で、マイナス思考の私は、倉田さんが坂上君に何か無理を言ってこの場に来たんじゃないかとそれしか考えられなくなる。そういえば、坂上君が最初はこの取材に対して及び腰だったのも思い出した。

首を傾げながら、腰を落とし、足元にある通気孔から外を伺う。『後ろの六人と私を含めた七人、それから日野先輩を含めた皆さん方七人で七不思議バトルを展開させて、どっちの話がより怖いか競うって企画になったんです』



……なんでこうなったアアアアアアアア!!



「また倉田の思いつきか?おい、誰が来てる?」
私より大柄なので屈めない日野さんがひそひそと聞いてくる。


「坂上君と元木さん、綾小路さんに……(多分)黒木先生と白井先生、あと、フードを被ったおばあさ」


ん、と言い切るか言いきらないかの内に、部室の中に居る一人、綾小路さんが「ん?」という顔をしてロッカーの方を見てきた。アアアアばれてる!匂いでばれてる!!



『おい、日野は俺達に内緒でこんな企画を進めていたのか?』

『日野君のことだもの。何を考えているのかわからないでしょ?』


語り部の皆さんも大混乱だ。日野さんに聞こうにもロッカーの中。こちらもちゃうねんちゃうねんと言いたいがロッカーの中。
計画変更?なんで教師も参加してんの?これ皆獲物って認識でいいの?
混乱混乱混乱。
「ひ、日野さん」
「様」
今はどうでもいいだろおおおがあああああ!!
「日野様、どうします?」
「んー……そうだな、このまま進めて貰うしかないだろう。流石にこの状況で出て行ったら不自然過ぎる」



その不自然約一名にすでにバレてま――――す!



私の狼狽も余所に、語り部の皆さんも、日野様が何も言わないということはこのまま進めていいんだろうと受け取ったらしい。

「それじゃあ、私からお話しするよ!」いつもより楽しそうな福沢さんの声で、七不思議対決の火蓋は切って落とされた。





***





部室に連れてこられた綾小路は、憮然とした態度を隠そうとせず黙って七不思議の会に参加していた。いや、参加していたという言い方はおかしいかもしれない。自分に関係のない話は聞き流していたため、その場に「居た」だけだ。


「………………次、綾小路さんにお願いします」


自分の番が回ってきても、淡々と綾小路は怪談を、というか自分に付きまとう悪魔についての愚痴を零すつもりでいたのだが。どうしてもその前に、突っ込みたいことがあった。


「――話す前に。そのロッカーに隠れてる二人は、一体何をやってるんだ」


向かいに座っている本来の語り部達が目を剥いた。風間望だけは「ああやっぱり」と肩を竦めたが。

カタン、と静かに開いたロッカーの中から、不敵な笑みを浮かべ、片手におしるこドリンクの缶を持った日野が姿を現した。台無しだ。


「これ除けといてくれ」

「ほら、やっぱ締まらないじゃないですか……まだ段ボールから出てきた方がメタルギアっぽくてマシ……」空になった缶を押しつけられた藍がボソボソと文句を言う。藍はそのまま缶を捨てるため、部室を出ていった。

藍が出て行ってから、日野は礼儀正しく倉田が連れている『語り部』達に礼をした。


「驚かせてしまい、申し訳ありません。聞き手の坂上を少々驚かして、肩の力を抜いて取材をして貰おうと思い、イタズラを仕掛けるために此処に隠れていたんですが……そう、本来、ここに来るのは坂上だけのはずでした。しかし、呼ばれていない筈の倉田が大人数を引き連れて来たもので。驚いて出ていくタイミングを逃してしまいました」

「あ……あはは……」


倉田は引き攣った笑みを浮かべ、椅子の上で身を固くする。その反応で、先程彼女が述べた七不思議対決などというものはデタラメだったということが判明した。
「ふぅん、嘘だったわけ」
「とんだ二枚舌だな」
語り部の中でも特に、ひねくれた性格を嫌う岩下と新堂が倉田を見据えた。
日野はその二人を手で諫め、丁寧に、正面に座った綾小路たちに向けて頭を下げる。
「御足労下さったそちらの語り部の方々は申し訳ありません。新聞部の後輩が勝手な事を。……重ね重ね申し訳ありませんが、倉田が声を掛けた皆様は退席願います」


柔らかな口調の裏に、渦巻く淀んだ心情を隠し、日野は部室のドアを指す。新聞部員である坂上と倉田を残し、倉田の集めてきた語り部達が席を立った。倉田が不安げな声を上げて友人の早苗を呼び止めたが、早苗は自分が口を出していい問題ではないと判断したのか、首を横に振る。倉田の物と思しき鞄を持って、教室で待っているという旨の言葉を呟く。再度倉田が呼び止めるが気が変わるような気配は見られない。

綾小路も部室を出ようとしたところで、ふいに、集まっているメンバーを覚えておこうと思い立った。人の弱みを探ろうとする癖がついたのは、悪魔召喚に傾倒し始めた頃からだった。

部室を振り返る。ほとんどの人物の視線は倉田や坂上に向けられているものの、全員ではなく、数人が立ち止まった綾小路を見て、少し目を細めた。
その様子だけで、「ああ、これから説教とは違う何かが始まるのだろうな」とぼんやりとした予想が綾小路の脳裏を巡るが、大した恐怖は感じなかった。自分に害が無ければそれでいい。


「綾小路さん、助けて!」


ただならない雰囲気を察した倉田が、綾小路に助けを求めた時も、綾小路はなんの感慨も持たなかった。


「部活内の問題なら、他人が口を出すべき問題じゃないだろう。君の友人は正しいよ。……ただ、ひとついいか」


綾小路は、この場に居る唯一のクラスメートに目を向けた。


「……今度は何を企んでる、風間。ただの新聞部の説教なら、お前達も、出て行って然るべきじゃないのか」


人間ってね、やっちゃいけないことをするのが好きなんだよ、金を払ってでもね。
風間が口にしていた言葉だ。いつだったかは忘れたが。

そんなやつが含み笑いをしてこの場に居る。なにか起きると思わない方がおかしい。

その風間は何を言われたか分からないという顔をしている。

さも綾小路が、おかしなことを言い出したと言わんばかりに溜息を吐いた。


「だって誘われた時、珍しく日野が記事を成功させる、って意気込んでたからさ。だから僕としても責任を持ってこの集会に参加しようと思ったわけさ。まあ新聞部の間でいざこざがあって、こんな始まり方になってしまったけど、これで企画倒れになってしまうのは悔やまれるでしょ。だから僕たちはこうして会が再開されるのを待ってるわけ。ここで僕らが帰っちゃったら記事はパアじゃない。そんな薄情なこと、僕にはできないね」



口から生まれてきた男・風間望はワンブレスでそこまではっきり言い切った。


「僕達が待ってれば、説教も早く終わるだろうしね。可愛い女の子がずっと怒られてるなんて、可哀想だろ?これも気の回せる男の気遣いだよ、気遣い。分かった?」

「悪い、『責任を持って』ってフレーズがお前の口から出てきた時点で嘘だろうと思ったからほとんど聞いてなかった」


しかし、彼のいい加減さを知る綾小路はしれっとそう返す。

「……綾小路お前、いい性格になったな」
「おかげさまでな」

3年H組の間で、薄く火花が散る。それでもまだこの時点で綾小路は、どこか一歩引いた心地でこの部屋の異常な空間を見ていたのだ。まだ傍観、まだ己には無関係というスタンスでいれたのは、ここで綾小路が「帰る」と言えばそれが許される立ち位置に居た事にある。

しかし、その幕を破ったのは、他ならない倉田恵美だった。

「か、風間さん!?3年H組の風間さんですか!?土生さんとお付き合いしてるっていう!?」

「え?あ、うん」

ああ、あのデマ、一年にも広まってるのか。可哀想に。

まだ傍観。

「その土生さん、その綾小路さんと浮気してまああああす!!」


ここで一気に傍観の立場から引きずり降ろされた。



「「……――は?」」



風間と綾小路の声が揃う。

目の前の問題から目を逸らさせるため、別の大きい問題を投下するのは窮地に陥った時有効な手段だ。ちなみに藍が先日殺人クラブの獲物になった時、神田の話題を持ち出したのもコレである。


「あらあら、横恋慕というものかしら。報われないわね」


くすくすと笑いながら綾小路に話しかけたのは岩下だった。


「仕方ないわね、人のものを奪いたくなるのは人間の性だもの」

「いや、風間と土生が付き合ってることは知らなかったから……」


図らずも、噂を肯定するような言い回しになってしまう。


「はあ!?」といち早く反応をしたのは風間だ。

腕を組み、綾小路に「いい度胸じゃない、人の物にちょっかいかける余裕がまだあったんだね」と、ちょっかいならお前の十八番だろとツッコミを入れたくなるような変人は語りかけた。何ということもないその台詞に、綾小路は違和感を覚えた。こういう時、いつも風間は余裕ぶった、場の混乱を一歩引いたところでにやにや眺めているような、ムカつく表情を浮かべるのが常なのに。


「君ね、女の子にうつつを抜かしてるヒマがあるなら自分の問題を片付けたらどうだい。大川、まだ君の追っかけしてるんだろ」


今日の風間は不機嫌さを隠そうともせず、トゲトゲとした言葉を綾小路に送ってくる。部室に居た、語り部の何人かも風間の異変に気付いたのか、不思議そうに風間を見ていた。ああ、間違いなくこいつら知り合いだ、と綾小路は心の奥でぼんやりと思う。これ以上踏み込んでいいものなのか、よくないとしてもこの状況ですっと退出できるものか。綾小路が悩んでいると、部室の入り口が開いた。


「空き缶用のごみ箱が無かったんで渡り廊下の方まで行ってました」


至極気の抜ける顔をして入ってきたのは話題の中心である土生藍。だらだらとした態度で部室の戸を閉める。


「そんで、帰ってくる途中で黒木先生に会ったんですけど……」藍が困ったように口ごもる。土生藍もこの語り部達がやろうとしている何かに一枚噛んでいるのかは分からないが、土生藍が語り部たちほど乗り気でないことくらいは察しがついた。「そろそろ帰れ、後で見回りに行く、だそうです」


「何で、見回りにくるんだ」

「下校時間の都合じゃないですか」

「俺が知りたいのは、そういうのじゃ無くて、黒木先生がわざわざ来る理由だよ」と日野が顔を顰めながら言っている。

「そういや、今日の宿直はあの教師じゃなかったよな。確か桜井だ」


「ラッパー先生まだ勤めてたんですか」

「ラッパー?」

「すいませんなんでもないです」


土生藍には場の空気を緩ませる変な才能でもあるのかも知れない。張っていた緊張がいつの間にか跡形もなく消えていた。

どうしようか皆が戸惑いの表情を浮かべる中で、荒井昭二と名乗っていた二年生がぼそりと口を開いた。


「見回りも来るようですし、どちらにせよ今日集会を続けるのは無理ですね。倉田さんや坂上君へのお叱りは日野さんに任せるとして……この会がお流れになるか、日を置いてまた行うか……後日、連絡を下さるようにした方がいいと思います」
「そうだねえ、私も、今日はやめた方がいいと思うなー。あの先生恐そうだし、別の日にやろうよ。……坂上君でも倉田さんでも、なんなら二人でも、私は楽しそうだし構わないから!……まあ、『準備』と『片付け』は大変そうだけどお、夏休みも近いし、その時なら大丈夫なんじゃないですか〜」


にっこりと笑う福沢に、日野は大きく溜息を吐き、それどころかもう鞄を持って帰り支度を始めている福沢を、あろう事か襟首を掴んで元の語り部達の列に勢いよく引っ張り戻した。

げほっ!と喉の潰れたような声を上げてよろめく福沢、すると斜に構えていた土生藍が日野をすさまじい調子で怒鳴り散らした。


「日野さん!さっきも言おうと思ったんですけどね!セーラー服の胸元って結構簡単に外れるんですからね!?襟引っ張ったら下手すりゃオープンザ下着ですからね!?」

「ああ悪かった悪かった」




日野は面倒そうにいい加減に謝る。そして、語り部達に向きなおった。




「岩下や風間、新堂、細田。お前達は構わないか?」

「俺は構わねえ」

「ぼ、僕も」

「今日の埋め合わせはちゃんとしてくれたまえよ」




「私も構わないわ。……日野君、女性の服を引っ張って置いて、今の態度は頂けないわよ」

「……悪かった、以後気をつけよう」


今度はちゃんと詫びて、日野はぱんっと手を鳴らす。


「じゃあ、解散だ。今後どうするかが決まったら、土生に今後の方針を伝えに行かせる」




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