始まりと始まりの関係
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「すいません、少し急いでて、ドアの前に人が居ること確認しないで、開けちゃいました」と手を彷徨わせた、小動物のような仕草だった。
「急いでて?」
「土生さんが、鍵を持って行ったって聞いたから入れ違いにならないようにって」
坂上修一。新聞部。気弱だが時に大胆な行動に出ることあり。好物はハンバーグとコーンバター。
この人が坂上君か!と思う間もなく、綾小路さんが床を蹴った。
彼にとっては一大決心だっただろう、膝を突いている大川の横を走り抜けて、坂上君を突き飛ばす。廊下に出たと思ったら物凄い勢いで足音が遠ざかっていった。尻餅を付いた坂上君は、ぽかんと自分を突き飛ばした人物と、遅れて飛び出していった大川の背を見送っていた。そしてぽつりと一言。
「うっ……臭い」
意外とはっきり言うな坂上君。岩下さんに気に入られた理由、ちょっと分かる。
ぱたぱたと部室に残った大川の臭いを散らすように手をひらひらさせながら、坂上君は散らばったプリントを拾い集め始めた。
「……あ、そうだ土生さん、七不思議の集会なんだけどさ……」
「え」
まさか本人からその言葉が出て来るとは思わず、私は思わず聞き返す。
「やりたいって倉田さんが言うんだ。僕より彼女に頼んでくれないかな」
「なんで」
「土生さんが思っている以上に、僕には実力ないよ。日野先輩も土生さんも買いかぶり過ぎだ」
「買いかぶりって、記事にできないってこと?」
坂上君がそこで、苦笑した。「それもだけど。違うよ。もっと、大きい問題だよ」
「話を聞くだけなのに」
「それが、僕には難しい。ね、今回は倉田さんに行ってもらった方がいいよ」
くそ、倉田さん先に坂上君に何か言ったな。
私は坂上君の方へ行き、プリントを集めている彼に合わせてしゃがむ。癖のある髪の向こうから、不安そうな瞳がこちらを見返してきた。
「……実は私、今回の集会に坂上君を連れて行かないと新聞部をやめさせられるの」
「え!?」
口車には、口車で。人の良さそうな坂上君には悪いけど、ここはひとつ騙されてもらおう。
「新聞部ってインタビューのセッティングも仕事の内でしょ?だからそれくらいできない奴は部にいらないって、日野さんが」
「日野さんがそんな酷い事を……?」
やっべちょっと日野さんへの不満がにじみ出た。
「勿論口では厳しく言っても日野さんはちゃんと後輩の事を思ってくれてるよ。私だけじゃない、日野さんは坂上君のことをちゃんと考えてる。今回、坂上君に記事を任せようって言ったのも、今回の記事を成功させて、坂上君に自信を持たせようと思ってくれてのことだと思う。だから、坂上君はこの記事を完成させるべきだよ」
坂上君はそんな私を一瞥すると、肯定の言葉を私にあっさりと吐いた。
「わかった。できるかわからないけど……やってみる。日野先輩の気持ちを無駄にするわけにはいけないし!!頑張ってみる!!!」
そのあまりの強い口調に目を大きく開かせる私。
が、坂上君は自分の言葉通り、気合いを入れて拳を握る。
「背中を押してくれて、ありがとう、土生さん」
ごめん、気合い入れてるとこ悪いけど――
ギシギシズキズキと、良心が軋む。
「……坂上君、話を聞くときは上級生から順に聞いてね」
何を言われたのか分からなかったのか、坂上君は目を瞬かせた。
「七不思議。上級生が来たときは三年生から順番に話を聞くんだよ。年功序列」
「あ、うん、そうだね、全校集会でも校長先生から順に話を始めるもんね」
「うんうん」
とりあえず福沢さんが最後になるように誘導しておいた。
あの中でマシな七話目のシナリオは、黒木先生が会を中断してくれる食人鬼の話だろう。
あまりお目に掛かりたくはないが、今回だけ頑張ってくれミスターブラックツリー。
殺人クラブが存在することが大前提なこの世界で、どれほどまでシナリオパターンが適用されるかは分からないけど。
「倉田さんには悪いけど……僕から言っておくよ。土生さん、本当に有難う」
「……ドウイタシマシテ」
坂上君と一緒に部室を出て、私は鍵を閉めた。
しかし、眼前の坂上君の笑顔は、押し込めた私の良心より雄弁に『罪悪感の存在』を語る。
平和を謳歌した数日後、この部屋は君のための舞台になる。下手をすれば、命を懸けることになる舞台に。
それでも、私は逃げずにはいられなかった。
『家族が人質に取られているのだから』と。