始まりと始まりの関係
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国家公務員はすでに週休二日制になっているというのに!学生はまだ隔週で土曜登校してた時代だ1998年!
というわけで明日は学校だ。めんどくさ。今日はもう学校に行く気はないけど(旅行から帰って仮眠とったら昼まで爆睡してた)、明日はどうしよう。
折角だから行こうか、坂上君にもコンタクトとらなきゃいけないし。
部屋の椅子に凭れてそんなことを考えていると、玄関のチャイムが鳴った。寝癖を整えながらドアを開けに行くと、にっこりと笑顔を浮かべた倉田さんが立っていた。
私の脳内でアダムズファミリーのテーマが流れたのは気のせいじゃない。
私の動揺を瞬時に悟って、倉田さんは目を細くした。
「単刀直入に言います。今度行う七不思議の集会、坂上君じゃなくて私を呼んでくれない?……ううん、言い方が少し変ね。私が行くから、坂上君に声を掛けなくていいわ」
「……それ、七不思議の集会の事、誰から聞いたの?」
「内緒よ。口止めされてるの」口止めと言っても、集会のことを知ってるのは殺人クラブのメンバーだから、誰かがチクったんだろうか。犯人探しなんてする気は無いけど。
「……えぇと、残念だけど、私は坂上君にやってもらいたいなって……」
「言葉は悪いけれど、坂上君にはまだ取材は早いと思うの。まだ彼は大きい記事を受け持ったことがないし。本人が気後れしてしまうと思うわ。彼が取材をするのは、もっと段階を踏んでからの方がいいんじゃないかしら。七人もの人にお話をして貰うのに、彼があがっちゃって失敗……なんてことになったら困るでしょう?」
私は玄関のドアノブに手をかけ、少し閉める仕草をした。倉田さんが少し、ぎょっとする。
私は軽く手を上げ、「悪いけど」と言う。「どちらにしろ本人に確認を取りたいから」
これで話は終わりだという意思を見せるため、ドアを閉める。外からでも聞こえるようにがちゃんと鍵をかけた。
「土生さん、浮気してたこと、彼氏さんにバラしちゃうわよ」
いろいろちょっと待て!
私は慌ててドアを開けると、倉田さんを睨んだ。
「根も葉もないこと言わないで!」
「あら、根も葉もあるわよ。目撃証言があるんだから」
「その根と葉、腐ってるよ。っていうか私彼氏いないんだけど」
「最近噂になってるわよ、三年の風間先輩と付き合ってるって」
じわじわと嫌な予感が襲ってくる。
「それなのにこの間、別の先輩と一緒に帰って、道端でキスしてたって、えーと名前は……あや、綾坂?綾野辺?ほら、よく廊下を走ってる、名物の」
……綾小路さんか。
道端でって、首絞められてたあれを見間違えられたんだろうか。
まあそれはまだ分かる。問題は、
「私が風間さんと付き合ってるとか、誰が言ったの?」
「情報元は、土生さんがこっちの要求を呑んでくれた時に教えるわ」
「倉田さんは、ほんと、謎の人脈持ってるんだね」私は溜息混じりに言った。「噂を聞きつけるの早すぎ」
「新聞部の努めよ」
それだけ聞けば立派な言葉を残して、倉田さんは私に背を向ける。庭から出て行った倉田さんを玄関先で見送って、私は自分の部屋に駆け戻って、制服に袖を通した。
***
「風間さん居ますか」
このクソ暑い中、全速力で走って汗だくになった私を見て、三年H組の名も知らぬ先輩はああ、と頷いた。
「風間の彼女の」
「ち・が・い・ま・す」
H組はどことなくがらの悪い人が多い。
けど、運が良かったのか、私に応対してくれた先輩はどちらかというと大らかな方らしくて、怒りもせずに「そっか」と流してくれた。
「風間なら今日は病院行って休みって聞いたけど」
そういえば病院に行けと言ったのは私だった。
「至急の用があるのでお宅をお尋ねしたいんですが……」
「え、風間の家?」
その先輩は、後ろの方に居るお友達に向かって「知ってる?」と尋ねた。しかし、返ってくる反応はあまりよくない。
「誰か知ってる?」
「女子の方が知ってんじゃないか」
「知らなーい」
クラスの中でも謎が多いらしい風間さんの家の情報は得られない。文句を言いたいだけなのでそんなに躍起になることはないのかも知れないが、風間さんに釘を刺しておいた方がいいということはよくよく分かっていた。
あの野郎、私は、怒らせるとしつこいぞ。
困ったようにお友達を見遣った先輩に笑いかけながらお礼を言ってH組から離れると、にいと笑った。
風間家の情報は得られなかった。けど、一人いるじゃないか、確実に彼の家を知っている人が。
***
綾小路行人。
先日、吉田の高木ババアの話を聞いてくれた人だ。彼は一度、大川大介を呪い殺すために、風間さんの家の駐車場を借りて悪魔召喚に挑戦している。彼なら確実に風間さんの家を知っているはずだ。
私は先ず日野さんから鍵を借り、新聞部室の中で彼を待ち構えた。放っておいても綾小路さんの方は大川さんから逃げるため、常に学校中を移動している。こちらから探す必要はない。ほんの少しだけ扉を開いて外を見張り、彼が廊下を駆け抜けようとした瞬間、腕を掴んで部室に引きずり込む。
「っ!?」
一瞬暴れるような素振りを見せた綾小路さんは、自分を引っ張ったのが私だと気付くと驚いたように目を見開いた。
「土生……?」
鼻が利く(比喩ではなく)という綾小路さんだが、天敵の悪臭にばかり気を取られて私のにおいに気付かなかったらしい。何が起きたのかを理解しようとするように、きょろきょろと部室を見回していた。
「なんだ?俺に用か?」
辛うじて隣だから聞き取れる程の小さな声で綾小路さんは言う。私も声を潜めた。
風間さんとの噂の事、風間さんの家を教えて欲しい事を伝える。
噂の事も含めて説明しようと思ったのは、三年の間で出回っている高木ババアの噂も知らない程きっと綾小路さんは噂に疎い人なのだろうと思ったからだ。
初めて聞くはずの噂を聞いた綾小路さんはあまり驚かず、何のためらいもなく風間さんの家を教えてくれて、はあっとマスク越しに息を吐いた。
「本当にあいつは何を考えてるんだろうな。なんでわざわざそんな噂を広めたがるんだ」
「あ、いや、噂になってるのは私と風間さんなんですけど、広めたのが風間さんと決まったわけでは」
「あいつだよ。前にそういうことをクラスで言っていた」
いつもは誰と付き合うだの別れただの自分からは言わない奴だ。
だから覚えてた、と綾小路さん。
「……一発ぶん殴っていいですかね、あの人」
「一発と言わず、殴っておけ」
「いや、風間さん今怪我してるから本当に殴りはしませんけどね」
「甘やかすと調子に乗るぞ。相手が動けない内にやっておけ……ッ!?」
さらりと物騒なアドバイスをしてくれた綾小路さんは、急に身を震わせてマスクの上から鼻を押さえた。
「まさか……来ました!?」
綾小路さんは答える余裕もないようで、慌てて部室の扉から離れ窓の方に寄る。震える手で窓の鍵を開け、身を乗り出そうとした。
「ちょっと!早まらないで下さいよ!大丈夫ですって、鍵も閉めたしすぐばれるってことは……」
言い終わらない内にかちゃん、とドアの鍵が外される音が聞こえた。一応ここは部室用の部屋で、内鍵を閉めてしまえば外からは鍵がなければ開けられない筈なのだけど。
ギギギィ、と扉が開かれる。同時に部室に立ち込めるつんとした臭い。綾小路さんが絶望を顔に浮かべて背を窓に押しつけた。扉の先には、穏やかでは無い顔で悪臭の元凶がこちらを睨み付けていた。部室の扉を閉めて、大川は私と綾小路さんを交互に見る。まずい、このままでは大川さんに変な誤解をされてしま「二人っきりで何をしようとしてたんだ、この売女ぁぁあっ!!」
モノローグを遮ってフラグ回収しやがったこの悪魔!!
「ちが、違いますって!風間さんの家を聞きたくて!綾小路さんに!」
「教室で聞けばいいだろ!それをこんな……人気のない……!」
「あああああああんたが綾小路さん追っかけるから教室で捕まんなかったんでしょおおおおお!?」
私間違ってるか!?私間違ってるか!!?大川さんが綾小路さんのストーキングしてるからこうなったんだろ!ちくしょう!パワーダウンしてしまえ!小川小介になってしまえ!
負けじと罵りたかったが、私も日野さんに借りた鍵を返さねばならずこの痴話喧嘩に巻き込まれている暇はないのだ。
「この間からユッキーに絡み付いてた不快な匂い!お前だったんだな!渡さない、ユッキーは渡さないからなああ!!」
「わ、分かりました、もう邪魔しません。帰っていいすか!」
「帰れるなら帰れば」
つっけんどんな答え。