始まりと始まりの関係

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間違いなく自分に言い聞かせるように紡ぎだされたそれは、ゆるゆると至極緩やかに空気中に拡散し、爆ぜるようにして藍の耳の中で蕩けた。



「それ日野先輩が恨むのも坂上君が恨まれるのもお門違いじゃないですか。
他の皆さんは一応、一応坂上君と本人絡みですけど」


「ふん、覚えておけ。誰かが罪を犯した時、その罪を償うのが本人とは限らないんだ。罪を裁くのもな」


「こんな場面で件の名言を聞くとは思いませんでした」心底納得のいかない顔をして、藍がひとりごちる。彼女の中では、殺人クラブがどうかという問題の他に、ちょっとした複雑な思いが心中にあったのだが、ゲームプレイヤーになりえない他の殺人クラブがそれを察することはなかった。



「坂上の処刑日だが……今回、坂上を呼ぶのは土生にやらせる。だからいつもより時間をとって決行日は一週間後とする」


「二週間後にしてください、明日から3、4日ほど小旅行に行くので」



俗っぽい条件に、一同の緊張が少し緩む。日野も、思っていたよりくだらない理由に脱力したのか、溜息を吐くだけで頷いた。

「その代わり確実に坂上を呼べ。失敗したら、お前が獲物になると思えよ」


その言葉を最後に、殺人クラブの部会が閉じられる。

一人ずつ部室からメンバーが去っていく中で、藍は、思い出したように新堂に近寄った。


「……新堂さん、吉田さんと同じクラスですよね」
「吉田?吉田達夫か?」
「そう。ここに来る前、その吉田さんに会ったんですけど」


新堂が軽く目を見張る。

「アイツ、大丈夫だったか」

「大丈夫どころか元気も元気でうざかったんですけど。こないだ旧校舎に入ろうとしてたこと、先生にチクったって厭味ったらしく報告してきました」



吉田達夫が高木ババアの話を聞いて六日目。新堂は今朝、吉田に高木ババアの噂は嘘だと言ってやったところだった。

『七日以内に十人に同じ話をしなければ呪われる』条件付きの話を聞いてしまい、狼狽していた吉田は、その新堂の言葉を聞いて、『十人に話す』という条件を果たさないで期限の七日目を迎えてしまう。
結果、ゲームの中で吉田は七日目に高木ババアに無残に殺され、逆恨みして新堂に憑りつくのだが、この時点では新堂も吉田も、そんなことなど知る由もない。吉田は元々リアリストだし、新堂は新堂で半分しか噂を信じていないから、吉田にあの話は嘘だと言ったのも、殺されればいいと思ったわけではなく、吉田があまりに怯えるから気休めに言ってやっただけなのだ。


「あいつまーた元に戻ってんのか。懲りねえな」

「ええ、もう彼放って置いていいと思います。明日もし彼が休んでも電話なんてしなくていいです」


今後の展開を知っている藍としては、この言葉は単なる親切での忠告のつもりだった。神に障らなければ祟りも来ない。新堂が彼に関わらなければ、吉田の恨みの矛先を躱せるかも、という、単純な忠告。


「お前も大変だったな」


新堂はもう吉田を見限ったようだし、ひとまず安心はしていいだろうと思いながら藍は部室を出る。


彼女は気付かない。


吉田が、新堂から恨みの矛先を外した次は、誰にそれが向くのかを。
彼女はもっと自覚するべきだった。
吉田達夫に関わった時点で、自分自身がいらぬ神に障っていた事を。





***





一階まで階段を降り切ると、風間さんが待っていた。


「帰るの?向こうに」


少しだけ声を潜める風間さんに、私は頷いた。


「旅行に行くのは明後日ですけどね。明日はこっちで歯ブラシとかの買い出しです。だから私明日学校来ないんで」

「……僕も行っていい?」

「買い出しに?」

「違うよ。旅行に。お金は自分で払うからさ」


ということは、この人また私の世界に来るつもりか。西洋RPGとかそういうゲームの人だったら、速攻でバレるから駄目と断れたんだけど、風間さんはなまじ私の世界と文化の似通ったゲームの人なので、すぐ断る事ができなかった。


「いいよね、有難う」


私がものもの言ってる内に風間さんは強引に約束を取り付ける。この押しの強さをなぜ日野さんとの交渉に使えない。


「……見張ってなくても、ちゃんとこっちに戻ってきますよ。ていうか、風間さんはもう私がいなくなったからって殺される心配ないでしょ。昨日許して貰えたじゃないですか」

「そうだけど」


どこかぶすっとした口調で、風間さんは言う。


「三日間学校を休むことになりますよ」

「いいよ」

「行ってもつまんないと思いますよ」

「いいよ」

「……向こうの物はこっちに持って帰って来ちゃ駄目ですよ。写真とかも」

「ってことは連れってってくれるんだ」


からからと風間さんは笑って、片手に持った鞄を振って見せた。


「鞄、取っておいで。送るよ」


風間望という人物は、私が思っていたより、ずっと子供っぽい人物だった。

興味を持ったら危険かどうかを判断する前に首を突っ込むし、後先考える前にすぐに行動する。気紛れで、気分によって、行動を変えるから次の行動がさっぱり読めない。恐怖や快楽に流されやすく、長いものには巻かれたがるくせに結構野心家。

子どもがそのまま大きくなったような彼にとって、未来からきた(実際はちょっと違うんだけど彼にとっちゃ大して変わらない)私は興味深い玩具のようなものなんだろうと思う。

その私が住む未来の世界っていうのも。

確かめるために、本人に聞いてみることにした。


「風間さん、どうしてこんなに私のことを気に掛けてくれるんです?」
風間さんは少し考えてから口を動かした。


「今、君の正体を知ってるのは僕だけだ。僕だけが君の特別。そうだな、僕は、この特別を誰かに奪われるのが嫌なのかも知れない。うっかり君が死んだり、君が向こうの世界に帰って、そのまま戻ってこないのも嫌だ。そうだ、これは、秘密基地を人に知られるのが嫌な気持ちに似てる」


やはり子供のようなことを言いながら、風間さんは笑う。

本人を目の前にして、秘密基地呼ばわりとは失礼な話だが、まあ宇宙人だのUMAだのに例えられなかっただけよしとしよう。


「もうひとつ。君の考えが、全く理解できないから、興味がある。博愛主義者っていうのかな、偽善でもない、打算でもない親切心を持った人って、なかなかいないからさ。観察したいなって」

「博愛って」


いい人だと褒められているのは分かるが、私はそんな聖人君子じゃない。仮面の少女といい、風間さんといい、この世界の人はいい人のハードルが低すぎないか。それほど荒んでるのかこの世界。私の口調に納得いかない様子を読み取ったのか、風間さんは足を止め、ぴたりと私の口に人差し指を当てた。
「っぷ」
こういう時でも可愛らしい声を出せるのはぶりっ子か育ちのいいお嬢様だけで、私はといえば風船の空気が抜けたような音を漏らしながら自分の反応できるギリギリの反射神経を使って掃除のされていない廊下で足を止める。


例えたたらを踏んでも追尾するように間違いなく追ってくる風間さんの指、反射的に手で払おうとしたらもう一方の腕で止められた。


「あの時、僕が日野を殺そうと蹴りつけた時、どうして君は止めた?」


だって、日野さんアンプル持ってたし。答えようとしたら更に強く指を押し付けられた。


「反射で答えるな。ちゃんと考えて。君は、日野を助けたがために、こうして殺人クラブから逃げられなくなった。この世界から逃げるわけにも行かなくなった。君は頭がいい。こうなることを予測できなかったはずがないんだ。なぜ、自分の首を絞めるような真似をしてまで人を救う?」


私は答えられない。というより、答えが出て来なかった。そんなの、気付いたら庇ってたという他ない。あの瞬間にここで助けたら得だとか損だとか、まずそういう思考が出て来る筈ないのだ。


「……僕は、その君の思考が気になって仕方ない。だから、気に掛けるんだろうね」
風間さんの指がゆっくりと離れる。口は自由になったが、口を開く気にはなれず、その日はほとんど無言で帰った。





*****





気付いたことがある。



レジの前で私がお金を出すのをじっと待っている店員さんが、心配そうな表情で私の顔を覗き込みながら問う。


「お客様、大丈夫ですか?」

「…………す・すいません…………!お金が、足りなく、て!」

「…………そう……ですか」


必要以上に動揺した私に店員さんは気付いただろうか、私はすぐレジから離れてしまったから分からなかったけど。


「しまったな……」


私は商品を棚に直しながら溜息を吐いた。お金が足りないというのは、間違いないが、ちょっと嘘だ。

財布には樋口一葉さんが三人くらい入ってる。……そう、樋口一葉の印刷された新五千円札が。

もう新ってつけなくていいほど慣れ親しんだお顔だけども、残念ながら彼女がお札に印刷されたのは2004年から。この世界では使えない。小銭も確認してみたところ、平成10年以前に発行されたものは十円玉二枚だけだった。チロルチョコしか買えねえ。


物価が安いからといってこっちで買い物しようとするんじゃなかった、とぶつくさ思いながら、銀行を探す。





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