始まりと始まりの関係
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「その、貴女が庇っているこちらのご両親は、貴女の本当のご両親じゃないのよ」
「……分かってますけど、そういう問題じゃないでしょ」
ここが本当にゲームの世界だったら、ゲームを終えてリセットボタンを押すような気軽さでこちらの家族を見捨ててたかも知れないけど。
こっちの世界で怪我すりゃ痛いし、人の心だってある。そう簡単にハイ終わり、なんて切り捨てられないのだ。
「……そう」
仮面の少女は私を否定も窘めもせず、ただ頷いた。
「貴女がそうしたいと言うなら、止めないわ。けど、この世界に居る時は死なないよう気を付けて」
「? はい」
「貴女、なぜこの世界に来たとき、あの子たちに狙われたのか分かる?」
あの子達、のところで嫌悪感を滲ませ、仮面の少女は続けた。
「偶然でも、運が悪かったからでもないの。世界がね、貴女を殺そうとしているのよ。貴女という異分子を、消してしまおうとしているの」
「なんで……」
「この世界に来たときから、貴女の言葉通りに事実が変わったりしたでしょう、貴女がこの世界にいないという事実を塗りつぶすように。その『辻褄合わせ』は、世界の存在そのものを脅かすものだから」
「……やっぱ帰ろうかな」
「そうね、そしてここに戻らないというのも一つの道よ。だけど、この世界の家族を救いたいなら、『辻褄合わせ』が必要なくなるまで、言動に気を付けて過ごすことね。皆が貴女の存在を、この世界に存在するものとしてきちんと認識したら、『辻褄合わせ』もなくなるもの。それまで我慢すれば、世界が貴女の命を狙う理由も無くなるわ」
「……その時を待つしかないんですね」
今の私は、きっと黒の絵の具の中にぽつんと落ちた白い絵の具のようなものなのだ。
ぐるぐるかきまぜられて、黒に飲み込まれて馴染むまで、目立って邪魔で仕方ないような存在。絵の具と違って、私は馴染むまで時間が掛かるのだろうけど。
「そういうことね。それまでは、世界は貴女をあらゆる手段で消そうとすると思うわ。気を付けて」
日野様の次は世界のご機嫌を取れってか。なかなか難易度の高い世界じゃないか。普通に過ごしているだけで死亡フラグが三つも四つも乱立するこの学園で、世界そのものに命を狙われる。正直、割に合わない。
そう思っていても、学校を終え、こちらの世界の家に帰り、母の作った夕飯を食べていると、見捨てようなんて気持ちは塵となって消えて行ってしまうんだから、本当に人間の心はめんどくさい。
***
そして数日後。
「先日より我が殺人クラブに新入部員が入った。土生」
いつもは新聞部の部室として使われているその部屋の中で、名前を呼ばれた女子に14の視線が集まる。
「じゃあ皆さんこれからよろしくお願いします」
「簡単な挨拶だな。もっと無いのか?」
「……皆さんが面白がるような自己紹介をする自信がないので、日野さんから軽く説明してくれると有難いです」
「こいつが我々殺人クラブに見事に一杯喰わせて生き残った土生藍、一年生だ」
「はァっ!!!!?なっ、なんでそういう反感買いそうな紹介しますか!やめてくださいよ!」
きゃんきゃん騒ぐ藍の頭を軽くはたいて、日野はじゃあ、と仕切り直すように前を向く。
「そういう訳だ。主な仕事は俺の補佐。よくしてやってくれ」
銘々に頷いたり納得したような顔を見せる中で、一人、納得のいかないような声を上げたのは新堂だ。
「待て。まだ一年のそいつに部長補佐が務まるのか?」
「務まるかどうかは知らんが、遅かれ早かれ引き継ぎの必要はあるだろう。土生はそこそこ機転が利くから、適役だと思うが」
「それにしたってよ……」
ちらりと新堂が現在二年の細田と荒井を見る。
細田は藍の入部を拒む様子はなく、むしろ嬉しそうに藍の方を見ている。荒井は、歓迎する様子も、かといって嫌がる様子も見せない。ただ静かに新堂と日野のやり取りを見ているだけだった。
その荒井が、新堂の視線に気付き、口を開く。
「僕は構いませんよ。まあ土生さんが上級生の僕らを鼻で扱うようになったら流石に考えますが……適材適所だと思います。彼女の博識さはクラブの強みになる」
話してみると、存外面白そうな人だったし、と小さく荒井は付け加えた。
「はは……!味方がいないねえ新堂。ま、うまくやっていくしかないねシバ犬君」
「もう入部しているのだし、諦めなさい、シバ犬君」
「漢字テストの話はすんな!」
三年生二人にいじられる新堂を気の毒そうな目で見ながら、藍は居心地悪そうに身じろぎをしていた。話題の中心は自分なのに、自分そっちのけで話が進んでいくのは微妙な心地だろう。
「ほら、いい加減にしろ。話が進まない」
そう言いながら、日野は一枚の写真を机の上に置いた。
今まで騒いでいた面々がぴたりと黙り、その写真を見つめる。
「坂上修一」
ピリッとした空気が部室を満たした、
日野は淡々と、
「土生も知っているだろう?新聞部一年の坂上だ、こいつは情状酌量の余地なしに罪深い」
そう言えば目の前の藍はこうして部室に連れられてから初めて困惑の感情を露にした。
それは拒否の表情と言うよりは寧ろ、この世の全てに反抗するような怒りに似た表情で。
「例えば、僕のズボンに泥をはねた」
「例えば、部活勧誘の時俺を無視した」
「例えば、私を見て笑った」
「例えば、電車で席を譲らなかった」
「例えば、彼の所為でカレーが売り切れた」
「例えば、彼の捨てたガムを私が踏んだ」
「そして例えば、あいつの父親が俺の父親を差し置いて、昇進した。どうだ、あいつはこれほどまでに罪深い」
「日野先輩のだけおかしい」
ナメた口調で言う藍。
日野は顎を押さえながら誰に聞かせるでもなく独り言のようにつぶやいた。
「おかしい?そうか?」
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あとがき。(2014.11.25)
夢主の家族の話はあまり書かないようにしてるんですが、一般的な仲のいい家庭じゃないかと。
それほど不便もなく悩みもない家庭で夢主は育ってます。