始まりと始まりの関係

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「接触したことはない」と言い張る日野さんに、部室のメンバーも追及するのが気の毒になってきたのか、皆床や天井に逃げるように視線を向けた。
微妙な空気に居たたまれなくなったのか、日野さんが舌打ちして「……殺す」と低く呟いた。





「まあいいわ。貴女、面白いことを知っているのね」


岩下さんの妙に平坦な声が聞こえたと同時に、後ろ手に縛られた手の自由が戻ってきた。岩下さんはカッターの刃を仕舞いながら口の端を少し上げる。




「ゲームを始めましょう。貴女を掴まえたその時に、もっと詳しい話を聞かせて頂戴。……日野君は少し時間を貰えるかしら」

「駄目だゲームが始まったらすぐ持ち場に行け」



0.3秒。人間の最短反射速度で岩下さんに答えを返した日野さんは、仕方ない、という風に立ち上がった。


「残り4時間30分だな……解毒剤入りのアンプルはこの学校のどこかに隠してある。それを探せ」


「学校の外に出たら駄目だよお。学校の外に出たら死んじゃうぞ」


ルール説明の途中から加わった、細田さんが声をかけてきた。日野さんは今までの会話など何もなかった顔で、デジタルの腕時計を私の目の前の床に置いた。それを腕に巻いたのが、始まりの合図。にい、と周りの殺人鬼達の笑みが深くなった。

さすがにこのゲームが始まると、緊張する。昼間に空を覆っていた雲は晴れたらしい、傷の入った窓ガラスの向こうにはいつも通り星空が浮かび、それが一層この部屋の異様な空気を強調していた。

私は床に置いたままだった鞄と飲み物の缶を拾い上げる。荷物になる教科書類だけを机に置いた。鞄を持って行く許可も、教科書を置いていく許可も取らなかったが、何も言われないからいいんだろう。
「……」
筆箱を一度鞄に入れ、しばらく空を見て静止。やっぱこれはいらないか、という顔で、筆箱を教科書の横に置いた。そして鞄を背負い、殺人クラブの方を向く。
「さあ、急げ! 急いで、解毒剤を飲むんだ!」
日野さんが高らかに言ったと同時に、他のメンバーも「急げ!急げ!」とコールを始める。




私は早足で部室を出る。




ドアを閉めて廊下で数秒待って、すぐまた部室のドアを開ける。
殺人クラブの皆さんが慌てて顔を上げた。日野さんが口を開きかける。



が、その前に私は行動を起こす。



手に持っていた未開封の缶ジュースを、ッパーンと新聞部の床に叩きつけたのだ。あたりで出たラベルの付いていない謎の缶は、床に当たってどこかにヒビが入り、ブシュウッっと白い、気体と液体の混ざった何かを吹き出した。



私はすぐドアを閉め、暗い廊下をダッシュで逃げる。背後で阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえたが知ったこっちゃない。毒を飲ませる奴より良心的な報復じゃんね。





*****





「……べたべたする……」今度こそほんとうに細田は疲れ切ってしまった。背中が丸くなるのが、自分でもわかった。
「あいつ、開始早々火種に油を注ぐとはいい度胸だな。これからは手加減しないでいってくれ」
日野は振り返ることもなく大きな歩幅で福沢を連れて新聞部部室をでていった。風間がしきりに顔を手の甲で拭きながら呟く。

「匂いはペプシに似てるけど、なんだろこの味、小豆みたいな……」

「あんまり口に入れるなよ。得体の知れないもんだぞ」


新堂が呆れた様子で風間を見る。少し顔を顰めてから、じゃあ、と仕切り直すように手を軽く上げた。

「最初の予定通り、俺が宿直室、風間が美術室、細田が保健室、岩下と荒井はここで待機。いいか?」

「福沢さんは階段で待機だよね?」

「そうだったけど、日野が連れてったってことはアンプルのある場所を守らせる気なんだろ」

「じゃあ階段周りが手薄になりますね。僕が屋上前に待機しましょうか」

「そうしてくれ」


新堂を中心に、手早く作戦会議を済ませると、語り部達はぞろぞろとそれぞれの持ち場に散らばっていく。細田もそれに続いたが、いまいち乗り気になれない。正直家の布団に一生包まっていたいような気分だった。さっきの攻撃で委縮してしまったせいもあるが、第一の理由は、土生藍が「友達になってくれる」と言ったからだ。他のクラブのメンバーの前では、精一杯ゲームを楽しんでいる風を装っていたが、細田は基本的に情に厚い人間だった。若干方向性と距離感がずれているからこそ、一般的な感覚の人間に気持ち悪がられやすかったが、その分少ない友達は大切に大切にする。やっぱり方向性がずれているため折角の友達もすぐ離れていってしまうことがほとんどであったが。


さっき苦し紛れに言った「文字が汚い」という判決理由も、苦し紛れに吐いた嘘だ。藍の筆跡など注意して見てはいない。


かといって殺人クラブは殺人クラブで、友情を理由に裏切ることができるものではない。歪んでいても、倫理から外れていても、ここは唯一細田を仲間と認めてくれる場所。ちゃんとした細田の居場所なのだ。心地よく息を吸って吐くことを許してくれる場所なのだ。



友情を取るか、居場所を取るか。二者択一の問題を前に、保健室の鍵を取り出しながら細田は大きく息を吐く。




「はろー」




まるで意味がわからなかった。思わず身を固くする。保健室の中から伸びてきた手が細田の手を押さえた。


「貴方なら、アンプルの場所を知ってるはずなんですけど。知ってる限り、アンプルの情報教えてくれません?」

「なんで、保健室の中から……!?」


手の主、土生藍は氷点下の笑いを見せた。子供なら卒倒し、同級生が恐怖に震える笑いだ。

なぜなら、藍は顔の下からペンライトの光を当てていたからだ。怖い話をした後の、コレだ。細田の心臓が一瞬縮んだ。



藍が何かを持った手をこちらに伸ばしてくる。避けることすらできないまま、細田は「それ」が首元に押し付けられるのを感じた。
その瞬間。




ばちん!という静電気のような音と共に、細田の体に衝撃が走る。なんだ!?と思う間もなく、細田の意識は闇に呑まれていった……





*****





「あら、やりすぎた。怯ませるだけのつもりだったのに」


ばったりとうつぶせに倒れてしまった細田さんの脈を確かめる。良かった、死んでない。セーフだセーフ。私はペンライトを制服のポケットにしまい、どうにかして細田さんの足を折り曲げて保健室の中に入れる。ドアを閉めてから、細田さんの両親指を背中で固定した。縄なんてないので保健室で見つけたテーピングだがこれで十分だろう。一応騒がれないよう口もテーピングで塞いでおく。


私は殺人クラブの報復方法を考えないようにした。さっきの挑発に乗ったメンバーはさぞ怒りに燃えている事だろう。細田さんを拘束し終わると、私はベットの上に投げ出していたイヤホンを耳に嵌める。



『さて、いつウサギさんは飛び込んでくるかしら』




私は肩をすくめて、無線式盗聴受信機を鞄から引っ張り出した。部室に残った岩下さんの独り言が、ノイズ音を縫ってイヤホンから流れてくる。私が鞄を持って来たかった本当の理由はこれだ。昨日、友人に作るよう言われていた盗聴器が思わぬところで役に立った。盗聴器本体はさっき部室に置いて来た筆箱の中。親指の爪にも満たない、消しゴムより小さな機械だ。万一筆箱を開けられても、見つかりにくい。

まあ普通高校生、それも女子が盗聴器自作して仕掛けるなんて思わないな。何せ、携帯電話すら高校生は持っていない時代だ。この頃はポケベルだっけ。だからこそ鞄の手荷物検査もされなかったのだろうが、それにしたって迂闊だろうと思う。だって、そのせいで殺人クラブ側は、私にメンバーの居場所を把握させてしまったのだから。


「荒井さんが屋上に移動、以外はゲームの通りだったかな」


メンバーの居場所が分かったことで、大分ゲームの内容を思い出した。



まずは、科学室を目指そう。残り四時間。





*****





科学の先生の閻魔帳、しまい忘れた温度計、福沢玲子の実験レポートのみっつが、私の手中に入ったのは一時間後のことだった。殺人クラブメンバーの弱点がないかと見てみた閻魔帳の中には、授業を進めるにあたって注意する生徒について書かれていた。黄リンの燃焼の演示実験を行いたいが、匂いに敏感すぎて黄リンを扱うと倒れてしまう生徒がいるのだという。別室で別の課題をやらせるか、臭気カットのマスクを経費で買って支給するか悩んだ後が残っていた。


ってそんな不憫君のことはどうでもいい。問題は福沢さんのレポートの方だ。


レポートは、悪趣味としか言いようのない内容だった。自分の祖父の老衰する姿を観察対象にするなんて。私も好奇心は強い方だし、どちらかというと実験観察大好き人間だから、興味を持った何かを研究対象にする気持ち自体は分からないでもない。だがやっていいことと悪いことがあるだろう。




私は息を吐いて福沢さんのレポートを閉じた。


……唯一の救いは、このレポートを見る限り、福沢さんのお爺さんには福沢玲子の姿が、「家族の中で唯一、自分を想ってくれた優しい孫」として映っているかもしれない、ということだろうか。






入院しないでくれと自分のため泣いてくれる孫に。

現在進行形で私の命を狙っている殺人鬼の彼女が、せめておじいさんにはそう見えていますように。














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あとがき。(2014.3.12)

夢主が冒頭で盗聴器を作ってたのがここで活きてくる。
細田が倒れた理由は、また後で。



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