始まりと始まりの関係

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私はさっと身を翻し、席から立って、背後の人物と向かい合った。


「後輩を騙して、寄ってたかって苛めようなんて、意地悪じゃないですか、日野さん」


片手に瓶、片手にロープを持った日野さんは、口の端を微かに歪めた。


「……いつ気付いた?」

「えーと……さっき、あの、風間さんが新堂さんのことを話してて、あれ?これ皆知り合いじゃね?って思って、ハイ」

ということにした。そこからなぜ集団リンチに思考が及んだのか、突っ込み所は沢山あったはずだが、とりあえず風間さんが何かやらかしたということで納得したらしい。ごめんなさい風間さん。





*****





ぐるりと先輩方に囲まれ、私は床に正座する。腕は縛られている。暴れたら殴ると脅されたから大人しくされるがままに縛られたのだが、これから起こる事を考えたら愚行だった。

日野さんの話をまとめるとこんな調子。



新聞部は文化部の中でも生徒会の管轄に近かった。部活動は皆生徒会の管轄の下なのだが、たくさんのチームが集まって作られた管轄グループだから、部活によっては生徒会からご贔屓にされる度合いにも温度差がある。

「土生は、生徒会内乱の話を聞いてるか。まだほやほやの事件なんだが」

ほやほやだろうが冷めきってようがこっちの世界の事を私が知る由もない。私は黙って首を振った。

「先日、生徒会で会長と副会長が大喧嘩をしたそうだ。議題は、生徒会が特定の部活に部費を多く出している、不祥事をもみ消しているというもの」

新聞部はどちらかというと贔屓を受けていた側らしい。

「結果として、贔屓反対派が勝ち、我が新聞部は多大な部費を失うことになった。今まで許可されていた校内掲示の場所もうんと限られてしまったしな……まあこの辺の学校の生徒会長は揃ってきな臭いやつばかりだからいずれは調べが入るだろうと思ってたけどな。それにしても今回は急だった。なぜだろうな、土生藍」
「……密告者でも居たんですかね」
「そうだな」
「……私っすか」
「分かってるじゃないか」


おいなんてことしてくれてんだこっちの世界の私。いいじゃん贔屓されてる方なんだから。何でチクったし。そう思いつつ、私は縛られた後ろ手をもぞもぞ動かしながら、「じゃあ」と口を開いた。


「……他の皆さんは、なぜこんな、私を殺そうと思ったのでしょうか?」

「あなた、さっき僕に抱きついたじゃないですか。屋上に上った時。精神的苦痛を負いました」

「荒井さんの蹴りでお釣りがきますよ!」


アンタが精神的苦痛を負ったと同時に私は肉体的苦痛を負ったわ!


「あと会の進め方の段取りが悪かった」「相槌の打ち方が下手だった」「たまに声が高くなるのが耳に痛い」「字が下手」「メモ帳のセンスが悪い」「僕の話を信じなかった」

次々に語り部達が小姑のようにダメ出しをしてくる。待てや。
「全部この会のことじゃないですか!あんたら今考えただろ!」
「いいじゃないか。俺が指定した罪人を、こいつらが死刑に値する人物かこの会で見極めたんだ。記事なんかどうだっていいのさ。新聞部で、特集なんかやらないんだよ。今まで岩下や新堂が話した話は、みんな作り話なんだ。それに気づかないで、お前、まじめに聞いていたんだな」

「ぶっちゃけやがった!!岩下さん岩下さん!岩下さん的にはこういう作り話はオーケーラインなんですか!嘘じゃないですかコレ!」

「あら、エンターテイメントの嘘は見逃さなくちゃ。この世の中からテレビドラマや演劇が消えてしまうわよ」

「これがえんたーていめんととかふざけろよもおおおおおおおおお!!」

「うるさい。次に耳障りな声を出したら、反抗とみなす。この場で血の雨が降るぞ」


私は悲鳴をあげそうになった。ドクロエンドを思い出したからだ。刺される坂上君、ブラックアウトする画面、暗闇に浮かぶ骸骨の姿。私の声は低くかすれた。


「日野先輩は私に何をして欲しいんですか」
「まあ待て。ゲームの説明は今からする」
日野さんは岩下さんから何かのカプセルを受け取り、私の目の前に突き出してくる。驚いた拍子に開いた口に、カプセルが押し込まれる。
すかさず後ろから新堂さんが私の口と鼻を塞いだ。


「これでお前の命はあと五時間。その五時間の内にお前はどうにかして解毒剤を飲む。面白いゲームだろう?」




人間って喉の奥に押し込まれたものはとりあえず飲み込んでしまうようにできているらしい。息が苦しいと感じる間もなく、私の喉が上下して、新堂さんの手が離される。瞬間、私は大きく咳き込んだ。



「きたねえな。唾飛ばすんじゃねえよ」

蔑んだような新堂さんの声。



「私の所為ですか!?」

「耳障り。ペナルティだ」




ひやりと私の顔の横に日野さんがナイフを押し当てる。



「口蓋近くに穴でも空けたら、少しは耳障りな声も少なくなるんじゃないか?」





ざーっと私の中で血の気の引く音がした。冗談じゃない!

「ちょっと顔は勘弁絶対痛い!せめて腕とかに!ちょっとゆっくり力込めるのやめてくれませんか……っか、か、か」




もう自分で何を言ってるのか分からなかった。私はパニックになると頭より先に口が回るようだ。それが今回の命取りになったわけだけど、今更何を言っても遅い。ちくりとした痛みに私のパニックは最高潮に達した。




それが、私のいらんこと言いを更に加速させた。




「か、神田さんに言いつけてやる!!」




目の前の日野さんの表情は驚き呆気にとられていた。それをいいことに、私の口は勝手にぺらぺら喋り出す。

「し、知ってんですからね先輩が神田さんに片思いなの!知ってんですからね!!」

「待て、どうしてここで神田が出て……」日野さんはナイフを離してくれたが、図星を言い当てられて焦っているのか、予想外過ぎる名前に戸惑ったのかは分からなかった。ざわついた空気の中で肩をぽんとたたかれた。振りむくと自分のカッターを右手に持った岩下さんが隣で屈んでいた。


「よく知った名前が出てきたと思ってきたのだけれど、どういうことなのかしら、聞かせて」


彼女は微笑みを湛えたままだった。私に問いかけておきながら、日野さんも牽制しているのだ。徳用カッターを持つ手の力を緩めることはない。彼女はゆっくりと視線をティルトアップして、その場の空気を支配していく。


「えーとえーと私も詳しい事は知らないし覚えてないんですけど日野先輩は同性愛者で神田さんに惚れてます」


顔から日野さんのナイフが離れたことで、私の頭は少しだけ冷静になった。それと同時に、殺人クラブの彼らに、別のルートでしか出てこない「神田さん」の話は通じるのかと不安になったけど、岩下さんが反応したということはとりあえず通じるのだろう。殺人クラブにおいての日野さんが同性愛者の方かは知らないけど。



「そういえば、」
ぼそりと誰かが呟く。
「この辺りの男子校の生徒会長が、男の子を扱った売春の斡旋してるって聞いたことある……」

「……さっき『この辺の学校の生徒会長は揃ってきな臭いやつばかり』って言ってたね」

「面識があるってことですね」

「ちょ、ちょっと待てお前ら!違う、違うぞ!?情報として知ってはいたが


先程の威厳は見る影もなく、慌てる日野さんに殺人クラブメンバーの視線が集まった。










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あとがき。(2014.2.14)

大雪で予定が開いたので更新。
冬に文章打ってると心なしか寒々とした文章になるんですよね。夢主のキャラがすべてをぶちこわしてるけど。




細かい補足。

日野さんは新聞部では、印刷所への手配とか学内掲示の許可を生徒会に取りに行く、中間管理職のようなポジションだという設定にしてます。

原稿の締め切りとかまとめとか、印刷所との話し合い、予算を考慮に入れての発行部数調整など、只でさえ大変だったのに密告騒動で更にてんてこまいになってました。




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