始まりと始まりの関係

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風間さんの………………



そこまで考えて私は半眼になる。



こいつの話なんだよなあぁ…………。
俄然嘘くささが増すというか。自分で身を持って体験したというのに語り手が風間望というだけで、ウソだろソレという気になってしまう。半端ないなカザマジック。


「ま、僕にとっては狭間の部屋も自分の部屋みたいなものだから、緊張しなくていいよ。じゃあ、僕がこの準備室に入って、五秒くらい数えたら君も入っておいで。僕が狭間の部屋に行けるという事実を見せてあげよう」


自分の部屋って狭間じゃなくて風間の部屋じゃねえか。心の中でツッコミを入れつつ、私は不承不承頷いた。

「じゃあ――行くよ」



そう言って、風間望は準備室のドアを開け、中に入っていった。美術室に取り残された私は、五秒数えてドアを――開けなかった。そのままじっと待つ。三分くらい経ったところで、準備室の中からガタガタガタとけたたましい音が聞こえてきた。そして、再びドアが開く。



「……なんで入って来ないの」



少し髪を乱した風間さん。

不満げな顔を準備室から覗かせていた。



「五秒たったら来いっていったよね?」

「入って来なかったのを知ってるって事は、風間さんどこにも移動せずにずっと準備室に居たって事ですよね」




音が大きかったから、棚の上にでも隠れてスンバラ、いやスタンバっていたのかもしれない。

半開きになったドアの先、木製の床に埃が舞っていた。でかい図体で棚に登った風間さんが、棚から降りた時に落とした物だった。私は美術室から、しばらく風間さんの様子を観察した。



床に落ちている物と同じ埃に白くなった学生服の膝。風間さんは見事に汚れていた。私が部屋に入ったら、慌てる姿を拝んだ後で棚から降りて驚かす心づもりだったんだろう。



「言っておくけど今回は道具が揃ってないから上手くいかないだけだからね。道具を揃えれば異世界への扉はちゃんと開くんだ」


「じゃあまた道具が揃った時にお聞きしますねー」



美術室を出て頷きながら、私は適当に相槌を返す。この人の話はまともに聞くだけ無駄だ。
「うん、またいつか、機会があったら……ふふ」
「何笑ってるんです」

「いやあ、僕もやればこういう意地悪言えるんだって思って。気にしなくていいよ。さて、次は新堂だったね。あいつ筋肉馬鹿だけど話し方はなかなかだから楽しんで聞くといいよ」

「ああ、そうですね。楽しみです」


そこで、会話が途切れ、私と風間さんは同時にお互いの顔を見た。


「「なんで知って……」」


私は風間さんが新堂さんの語り口を知っている事への、そして風間さんは私が新堂さんの語り口を知っている事への疑問を口に出す。しばらく私たちは廊下で見つめ合っていたが、やがてどちらからともなく目を逸らした。追及すれば、自分の失言に関しても言及されることを互いに分かっていたのだ。といっても、私の方は大方の予想は付いていたけど。きっと、五話目が終わったから、六話目の話がゆっくりと幕開けられていっているのだろう。私はひとつ溜息を吐いて自分の運命を受け入れることにした。





*****





図書室に行こう、と言うと、土生藍は素直に付いて来た。風間の時は嫌がっていたからこれは連れ出すのに苦労するかも、と思っていた新堂は少し拍子抜けした。

片手に呪いの本。その本の表紙に手を置け、と言うと藍は抵抗なく本の表紙の上に手を置いた。この本は表紙に手を乗せた奴が呪われる、と話しても、特に驚きも怖がりもせず頷く。


「そんな呪いの本があるなんて、つくづくこの学校は引きが強いですね」

すでに新堂が抱いていた感想を再確認させてくれた。藍は小さな手を本の表紙にのせたまま、指をなぞらせて話す。

「よく借りパクされませんでしたね」

今回もどちらかというと現実味のない話だったから、大して信じてはいないのだろう。恐怖心が煽れないのは不満だが、その分藍は人間が引き起こす恐怖に弱い。部活の時が楽しみだ。

「性格悪いなあお前。でもお前が信じて無かろうが、ここでやめたらお前は呪われちまうからよ。ちゃんと正直に俺の質問に答えろよ。お前の答えで呪いが解けるか、呪いが掛かったままか、お前の運命が決まる。質問を始めるぞ。お前は、今までの人生で嘘をついたことがあるか?」

「まあそりゃ、ありますよ」

「今までに死にたいと思ったことは」

「それはないです」

「……本当だな?じゃあ、人を殺したいと思ったことは」



藍の表情に曇りが出てきた。正直なことは確かに清くただしいが、ちょっと窮屈だし生き辛い。





*****





新堂さんの質問に答えながら耳を澄ますと、かすかに誰かの足音がした。学校指定の上履きというのは、履き心地が悪い癖に、一歩歩くごとにゴムの擦れる音がするのだ。まだ足音は遠い。図書室の入り口くらいだろうか。

だが、図書室の入り口の方を向いているのは、私でなく新堂さんの方。新堂さんの正面に座り、入り口に背を向けている私は足音に気付かない振りをして新堂さんの質問に答え続けた。


「それじゃあ、次だ。お前は虫を殺したことがあるか?」

「あります。蚊とか」

「コオロギやクモやムカデや……たくさんの虫を殺してるんじゃないのか?踏み潰したり、首をもぎ取ったりしてな。死んだ虫たちの痛みなんかわからないんだろうな、お前にはさ」

「虫に痛覚はありませんよ」

「えっマジで……じゃない、いいんだよ、んな雑学は。こんな状況でよくそんなこと言えるな。それこそ他人の痛みが分からない人間だという証拠なんだろうな。次だ。お前の恋人が死にそうな目にあったとする。その時お前が死ねば恋人は助かるという状況のとき、どうする?お前は恋人のために、自分の命を犠牲にできるか?」

「一人身なんで、できません」

「そりゃあ、できないだろうさ。お前には無理だ。そんなこと、分かりきったことさ」

「喧嘩売ってんですか」

「恋人ができないって意味じゃねえよ!行動の話だ!……次。お前は、盗みを働いたことがあるか?」

「大変なものを盗んでいきました。貴方の……心です」


銭型のとっつぁんのモノマネをしつつ答えると、新堂さんから無言のチョップを頂いてしまった。ふざけないとやってられるかこんなこと。なんで放課後の図書室で男子と向かい合って尋問ごっこせにゃならんのだ。



「……なるほどな。お前はそんな調子で、ふざけながら生きてきたんだろうな。お前はその厚い面の皮で、今までにあらゆる罪を犯したことに気づいたか?」



新堂さんはおもしろがっているようだった。私との会話をではなく、おそらく、この後の展開を。だから、私は意趣返しのために、一言だけ尋ねた。




「……私の後ろに居るのは、日野先輩ですか?」




新堂さんが、息を飲む。私の後ろで誰かが動く気配がした。














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あとがき。(2014.1.23)

この状況で新堂さんおちょくれる夢主はなかなかいい度胸してます。

日野さんも忍者じゃないから完全に気配を消すことはできないと思うんだ。



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